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目を凝らして、その招待を確かめると同時に、紅の心臓は力強く悲鳴をあげて瞠目する。
赤い梅の花が咲き誇る、人一人程度ならば登っても折れそうにない、巨大な大木。その上で、一人の少女が眠っていた。
年の頃は、紅と変わらない十代半ばといったところだろうか。長い銀色の髪を一つに括り、まだ冷たさの残る春風に揺らしている。纏っているそれは、紅の制服と同じもので、違うといえば性別くらいだろうか。それだけ疲れていたのか、虎の気配にも気付くことなく、すやすやと寝息を立てては、身じろぎすることもない。
どうすればいい。まだ虎は彼女の細い腕に齧り付くことなく、匂いを嗅いでいるだけに留まってはいるが、いつ体内に潜ませている凶刃を突き立てるかは、わからない。
どうすればあの人を虎の意識から逸らして、窮地を脱することが出来るのか。
小さく息を飲んで、紅は足元を見やる。そこには、肌を晒している土の上に、少し大きめの枝が落ちていた。枝と虎を交互に見やり、かがんで、それを掴む。
無意識に枝を握る指先に力がこもって、いやに熱く感じた。
―――考えている暇はない。
紅は立ち上がると、強く地を蹴って、走り出した。
何もしてこなかった。
平和なら、普通ならなんでもいいと思っていた。
ただ生きて。
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