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「ハイツ・デネブ」
厘は簡潔に答えたが、京にはその意味するところがよくわからなかった。ハイツ、とは集合住宅のことだったか。昔、小さいころに姉の友達の家に遊びに行ったとき、そんな文字を見た気がする。そして、デネブとは、「夏の大三角」を構成する星のひとつだと、習った……と思う。
「私たちの拠点よ。『冥府』じゃ、一人で生活するのは危ないからね。何人かの集団で、お互いを助け合いながら生きていかなくちゃならない。私も、この世界に来てからすぐに、ある人に助けられて、そのままこの『ハイツ・デネブ』に住むことになったの」
そう説明する厘の目に、一瞬だけ陰りができたことを、京は知る由もなかった。
「起きたなら、みんなのところに挨拶に行きましょ。あなたも、ここに住むことになるかもしれないんだし」
そう言って腕を引っ張る少女に連れられて、京は起き上がり、広い廊下へと連れ出された。
……もしかすると、これは大勢の前で「自己紹介」をする流れではないのか。
大勢の前で何かを喋るという経験をしてこなかった、否、避けていた京にとっては由々しき事態だったが、栗色の髪の少女はそんなことはお構いなく、ぐいぐいと彼の腕を引っ張り階下へと誘っていく。
「ちょっと待ってくれ、まだ心の準備が……」
「なに言ってるの、怖くないから!みんないい人たちばっかりだし。……あ、ちょっと、『定立』を使うのやめなさい!ずるいわよ!」
「こうでもしないと無理矢理連れていかれるだろ!」
「人に歩み寄るため」に生まれた力を、人に会うのを避けるために使う。
白い魔方陣を展開して壁にしがみつく少年と、それを引きはがそうとする少女の攻防は、たっぷり3分間も続いたのだった。
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