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(……ちくしょう、そういうことかよ!)
現実味のない世界の中で、京は瞬時に理解した。
これは、間違いなく幻覚だ。「冥府」にいるはずの自分が、自宅の近くのショッピングモールにいるはずがないしーーそこに沙耶が立っているはずもない。これはおそらく、何らかの原因――おそらくは、あの鋼鉄のダンゴムシによって見せられている虚構に過ぎない。「府民証」にも書いてあったではないか。「蒼魔の塔」には、一層につきひとつの関門があると。そして、第一層のそれは「幻魔」という名前であると。……その名前から推測するに、あの謎の生物は、人間に幻覚を見せる力があるのだろう。そして、その幻覚こそが、京の突破するべき「関門」であるのは間違いない。
「冥府」に来たばかりならまだしも、数々の経験によって、今の京には予想外の現象に対応できるだけの判断力があった。一瞬でそこまでを考えて、しかし今の状況に耐えがたいほどの絶望感を覚える。
(これはーーこれは、姉ちゃんが死んだ日のことだ……!)
忘れもしない、夏のあの日。沙耶は、京と二人で買い物に行った帰りに、飛び出してきたトラックから、京を守って死んだ。それは嵐山 京という人間にとって最も大きなトラウマであり、いまだに克服できていない心の傷である。
「……ちょっと、京?ほんとに大丈夫なの?」
沙耶に肩を揺すられ、はっとして彼女を見る。
長く艶のある黒髪。華奢な優しい手。湖のように澄んだ瞳。
――生きている。たとえ幻覚だとしても、彼女は京の目の前で、生きている。
「……ああ。大丈夫だよ、姉ちゃん」
だから、少年は生身の右拳を強く握った。もう二度と、彼女を殺させないと決意したから。
「――行こう。俺は今度こそ、姉ちゃんを救う」
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