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「あの塔のことは、誰もよく知らない。噂によると、明晰夢の巣窟だとか、反対にこの世界で唯一の安全地帯だとか、まことしやかに囁かれてるけど……。でも、あそこは、『府民証』に登録されたポイントが8000以上じゃないと入れないみたいなの。刹那さんは、いつかあそこに行くことを目標にしていた。あの塔に行けば、きっと自分はもっと強くなれるって、口癖のように言っていたわ」
その言葉を聞いても、京はまだ事実が飲み込めなかった。
「それで……。そこに行くために、仲間を殺して……ポイントを稼いだっていうのか?」
どれだけ死が隣合わせの世界だったとしても、超えてはならない一線はあるはずだ。もちろん、他人であろうと敵であろうと人を殺すなど考えられない京であったが......それでも、あの青年がしたことは、この世界においても許されないことであるはずだ。
それは、あの刹那という青年が異常だったのか。
それとも、「蒼魔の塔」なる場所が、それほどまでに特別なのか。
彼は言っていた。あそこが、自分の望むような場所ではなかった、と。それは、その塔のことを指すのは言うまでもないだろう。彼が何を望み、何を得られなかったかは、京には分からない。ただ一つ言えることはーー彼は、仲間を殺してまで辿り着いた場所を捨てて、再び戻ってきたということだ。
ただ、石田刹那という青年を見たときの、厘の険しい態度、そして敵意とも悲しみともとれる表情の理由は、充分に理解できた。厘は、どういう風に彼と接したらいいか分からなかったのだ。一か月とはいえ、共に過ごし、戦いの稽古をつけてもらっていた先輩が殺人鬼となり、そしてまた自分の前に姿を現したのだから。
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