【第五層】「虚神」

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「彼らは、私が別の場所に転移させておいたわ」  声が、聞こえた。  一行が雷に打たれたようにそちらを見ると、彼らの横、数メートル離れた場所に、先ほどまではなかったひとつの人影があった。  床まで垂れる、長い銀髪。世界のすべてを見通すような、銀色の瞳。  眠たそうにひとつ欠伸をしてみせた、彼女の名はーー 「大久保……四乃……」  ハイツ・デネブの一員として紹介された後に、京の夢の中に現れ、青い右腕を渡した人物。それから他の全員の記憶から消えたが、今日、再び京の前に姿を現した少女。  あまりにも謎に包まれていた彼女の正体もーーいまの京には、少しばかりは理解できた。 「きみもーー『境界人(マージナル)』なんだな」  それを受けて、大久保 四乃は、あくまでも眠たげに、京のほうをじっと見つめた。 「……あの時(・・・)に比べたら、ずっと、強い目をするようになったのね」 「え……?」 「沙耶が『境界人(マージナル)』化する前に、現世にいるあなたの夢の中まで彼女の意識を届けた時よ」 「――ッ!?」  なんでもないように語られたその台詞に、京は思わず硬直する。  そう。あれは、少年が「自殺」するきっかけとなった、沙耶の夢。その中で、姉は、どこか諦めたような顔をして京に語りかけた。  ……ひとつ、人と関わるのを恐れずに、いろんな人に歩みよりなさい。  ……ふたつ、誰かを拒絶できる強さを持ちなさい。  そこで姉から語られた言葉が、京自身の十六能力(イザヨイ)――「定立(テーゼ)」と「反定立(アンチテーゼ)」になったのだ。 「……ごめんね。私は沙耶の弟であるあなたの味方でいたかった。――けれど、それでも、私にとっては沙耶が一番なの。――私がずっと待っていた、『運営』を倒せる人間こそが、沙耶なのよ。……今だって、べつに、あなたの敵になった訳じゃない。けれど、沙耶はもう、全てを終わらせるつもりだから」  彼女が何を言っているかわからないのは、いつものことだったがーーそれでも京は、不穏な空気を感じてその少女に問いかける。
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