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終業式の日にも吹奏楽部には練習があって、その日も河野くんは私のパート練習場所の教室にふらりと現れた。また校庭側の窓から。
「練習終わったの」
「もう片付け。あれ、今日サッカー部オフじゃないの」
校庭には今日ボールを追いかける部員の姿は見えなかったはずだ。
「近くで自主練してた。一人?」
空っぽの教室を見て、彼が言う。
いつも涼しい顔してるくせに実は裏でそうやって努力家なところ、ちっとも変わってない。
「片付けって言ってもあと少しだけだし、みんな疲れてるから」
「ひょっとして岸さんてエレベーターとか他の人のためにドア開ける頻度多かったり人によく道聞かれるタイプ?」
「うーん、割とあるかも?」
「……岸さんって、いいやつだな」
「そんなことないよ」
自分から誰かにものを頼むのが苦手なだけなんだよな、と思いながら机と椅子を元の位置に戻す。
よりによって一人な時に会っちゃうなんて。
「あのさ、明日から夏休みじゃん」
河野くんが呼びかけてくる。窓の傍に近寄ると、彼は地面に座ってなぜか手に持った夏祭りのチラシを見つめていた。
伏せた長いまつ毛越しの彼の目が綺麗で、私は思わず見とれてしまう。
「この夏祭り、行かね?」
正面から見なくても目の綺麗さ分かるな、そんなことを考えていて、私の反応は一瞬遅れてしまった。
「うん行く……え、何て?」
「だから、これ」
彼が立ち上がり、目の前にチラシを広げて見せる。
「岸さんのクラスの孝輔と岩瀬も誘ってさ。四人で行かない?」
びっくりした。そりゃそうだ、二人でなんて行くわけない。
「え、いいの私が行って。てか彼女とかと行かなくていいの」
「あのな、俺彼女いねえし今。俺が誘ってるからいいの」
彼女いないんだ。きっかけがないとそんなことも聞けない自分が悲しいけど、ふわふわと心が軽くなる。
「いいね、日曜なら練習オフだから行けるよ」
じゃあ決まりなまた連絡する、と爽やかに手を振って河野くんは帰っていった。
片付け一人は寂しいけど、今日ばかりは一人でよかったかもしれない。
もしかしたら気使ってくれたのかな。ひとりでに上がってしまう口角を必死で押さえ、私は音楽室に戻る準備を始めた。
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