第二話 【ようこそ】~緑河柳太~

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 部屋に一人残された柳太は、ベッドに座って部屋中をぐるりと見渡した。それから深いため息を吐く。それには安堵と疲れとほんの少しの不安が入り混じっていた。 「こう広いとなんだか落ち着かないな……」  しかし、早く慣れなければいけない。自分がこの先、一体いつまでここにいるのかは予想もつかないが、今の所はとりあえず無期なのだ。  荷物の整理を終え、柳太はカーテンを開ける。窓からは月の光が真っすぐに差し込んでいた。窓の外には広い庭が見える。鍵を開けて窓を開くと、ほんの少し風が入ってくる。冷たい、真冬の風だ。しかし、それに今は不思議と心地よさを感じた。  なんて穏やかな夜だろう。取り立て屋に怯えることもない、心の中に突っかかりもない、こんな夜は本当に久しぶりだと思いながら、柳太は庭のあちらこちらに目をやった。  確か、夕さんは庭作りもやってほしいって言ってたよな……。  暗がりでも十分にわかるほど、この庭は大して手が入っていないように見えた。荒れているというほどでもないが、庭木も花壇もなくただ雑草が生えているだけのそれは、お世辞にも洒落ているとは言い難い。だが、ガーデニングに関してのことならきっと役に立てるはずだ、と柳太は胸を躍らせる。自分が役に立てる仕事に就けるなんて思いもしなかったし、求められることもないと思っていたから、それは純粋に嬉しかった。  あと、なんて言ってたっけ……。主にやる事は家事で、それから……。 『柳太くんを、頂きたいんです』  その言葉を思い出した途端、柳太の頬は恥ずかしさで一気に熱くなっていく。  あれにはビックリした……。父さんも目が点になってたもんな。  洋一はあのとき、口を半開きにしたまま呆然としていた。柳太は間抜けな父親の顔を思い出して、思わずくす、と笑みを零す。夕のあの言い方では、そうなるのも当然だ。  柳太は窓を閉めてカーテンを引き、ベッドにごろんと寝転がった。ぼんやりと天井を見つめる。笑みはすぐに消えた。  ……父さんは、俺がそっちだって知ってんのかな。いや、さすがに知るわけないか。  柳太はこの数年間、借金と就職のことだけを考えて生きてきた――わけではない。本当は恋だってしているし、その想いを募らせてしまう夜もあった。けれど、あまりに忙しくて恋愛どころではなかったし、好きな人に会いに行きたくても行けない理由は、柳太にはいくつも見つかった。  元気かなぁ……、あの人。  柳太は目を閉じた。大学時代、大好きだったサークルの先輩の顔を思い浮かべる。  ずっと会いに行けなかった。こんな自分じゃあの人には会っちゃいけないと思ってたから。でも今なら……会いに行ける理由がある。先輩に仕事が決まったって報告したい。それから、……会いたい。  そう思い始め、柳太の気持ちは逸る。ゆっくりと目を開け、また天井を見た。  俺、すげえ単純だ。借金のことも、就活の悩みも無くなった途端あの人のこと考えて、早く会いたいと思ってる。……今更会ったって、もう遅いかもしれないのに。  その時だ。突然、窓の方からガタッという音がして、柳太は慌てて飛び起きた。 「なんだ……?」  じっと音がした辺りを(みは)る。今のは確実に窓が開いた音だった。その証拠に今、窓からは冷たい風が入ってきてカーテンが揺れている。間違いなく、誰かがそこにいる。怪しい気配に柳太は身構え、窓際から距離を取った。  ここは二階じゃないか。泥棒か? それとも……。  揺れるカーテンの向こうから、細長い、白い手が伸びて部屋の中に入ってくる。その光景を見た瞬間、柳太はもう声が出なかった。体は一気に硬直した。 「あ、こんばんは」  窓に手をかけた誰かが部屋を覗いてそう言った。とても静かな、甘い声だった。
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