1569人が本棚に入れています
本棚に追加
そういうわけで、総額、約五百万の借金が再びこの家には残された。
自営業で生花店を細々と営んできただけの、決して裕福ではない柳太の家に積み重なった借金を返済するのは、はっきり言って絶望的だった。
洋一はまず、柳太名義の借金を優先的に返した。だが、そんなものは氷山の一角に過ぎない。金を借りた先は複数あって、その中には普通ではない業者も当然のように含まれていた。
取り立て屋は金を用意できなければ、すぐに、そして確実にやって来る。家に、或いは店に。どちらかと言えば人目につきにくい自宅に、日が暮れてから来ることが多かった。柳太は洋一に法律事務所へ相談に行くことを提案したが、それでも洋一は金を返し続けていた。そうすることで、一時的な平穏でも得ようと必死だったのだろう。それは他でもない。柳太の為だった。少なくとも柳太にはそう見えていた。
香代子が家を出て数年経った今でも、残念ながらその生活はあまり変わっていない。今年もまた同じことが繰り返されるだろう。そして来年も、再来年も、その先も。ここ数年、柳太は毎年同じことを思いながら新年を迎えるようになっていた。
「こんばんは! 良かったー! まだやってた!」
「あ、こんばんは! いらっしゃい」
夕方六時半頃。ひとつもおめでたくない誕生日と新年をもう何度迎えただろうか、と思っていたところに、馴染みのある、はつらつとした声が店内に響いた。店に入って来たのは常連客の若い男だった。
「夕さんがこの時間いらっしゃるの、珍しいですね」
「いやー、今日はちょっとバタバタしちゃってさぁ」
赤荻夕、というこの男の家にはよく客人が来るらしい。夕は切り花を買いに来ることが多かった。なんでも、客人をもてなすのに家の花瓶に生けるのだそうだ。
その身なりや、高級そうな車でやって来ることなどから考えれば、夕がかなり裕福な暮らしをしていることは間違いなかった。年齢は柳太よりも少し歳上だろう。背はそう高くないが顔立ちは整っていて、人懐っこい笑顔が好感の持てる男だ。
「どう? 就活は。捗ってる?」
夕はここの客になって長い。いつも明るく話しやすいので、柳太は彼が来るとよく立ち話をした。もちろん、家の借金のこと以外だ。
「なかなか難しいです。希望通りにはいかなくて」
「そっかぁ。折り合いつけるのはなんでも大変だからなぁ。気長にやりなよ。焦っても仕方ないって」
「はい……」
気長に、と言っても就活を始めてから既に三年は経っている。もう明日――いや、今日にでも柳太は就職をしたいのだ。
「あ、そうそう……! 今日はあんまり時間がないんだ。お客が来るから適当に切り花が欲しいんだけど、また適当に頼める?」
最初のコメントを投稿しよう!