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「いえ、そんなには――」
「大体、香代子さんはどこ行っちゃたんです? 戻って来てないんですか?」
「それは私達も知らないんです。もし、見つかったら教えて頂きたいくらいで――」
「仕事だって紹介してあげたんですよ。でも逃げちゃったみたいで。本当、困った人ですねぇ?」
柳太の心臓がドクドクと大きく鳴り始める。香代子に紹介した仕事とはどういうものなのか、大体は予想がついた。
「自己破産して金が借りられないって困ってたから助けてあげたのに。ひどいと思いません?」
今、目の前にいる男達はどう見たって普通じゃない。やくざかもしれない。柳太は店の外にある交番に、ちら、と目をやった。
ここから思い切り走って、交番に駆け込んで助けを呼べば、この男達はきっと逃げ出すに違いない。一時的な解決にしかならないかもしれないが、それでもこの場だけは何とか収まるだろう。
だけどもし、そのせいで奴らが父さんや夕さんに危害を加えてきたりしたら――。店がめちゃくちゃにされたりしたら――。
そう思うと、柳太は安易にその場を動けなかった。洋一は既に言い返すことを諦めているのか、黙ったまま拳を握りしめている。
「こんないい息子さん置いて出て行くなんてねぇ。……あぁ、そうだ! 息子さんにさ、いい仕事紹介してあげましょうか? 最近はそっちも人気があるらしいんで、金になると思いますよぉ」
若い男がそう言って舐めるように柳太を見る。思わず柳太はビクッ! と体を震わせた。が、その時だった。
「すみません、申し訳ないんですが」
品のいい、だがとても冷静な声がした。 取り立て屋の二人は誰が言ったのか、と店内を見渡して、隅にいる夕を見た。――というよりも、ガンを飛ばした。
「あ……?」
「あの、僕が先なんですけど」
「んだ、てめぇ……」
若い男はこれでもかというほど眉間に皺を寄せて夕に詰め寄ろうとしたが、中年男が素早く間に入って制止した。
「おい、やめろ」
「すみませんねー。僕もこの後仕事なんでね。今日はちょっと急いでるんですよ」
洋一と柳太は顔を見合わせる。一体夕がどういうつもりなのか理解できなかった。確かに夕はさっき急ぎだと言っていたが、それにしたって今のこの状況に首を突っ込んでくるなんて、やじうま男のお節介だとしても危険すぎる。
「ごめん、お兄さん。急いでもらえるかな?」
「は、はい……!」
柳太はにこやかに夕にそう言われ、大急ぎで黄色い色の花でまとめた花束を作った。頭が全く働かずに作ったそれは、カーネーションとカスミソウだけの、実にシンプルな花束だった。
「こ、こんな感じで……いかがですか?」
声が震えていると自分でもすぐに気付いた。それから手も、足も。
既に取り立てには慣れている柳太に、恐怖心はそれほどなかった。が、極度の緊張のせいで、体の末端は感覚を失くしていて、そこに浮いているようにすら感じた。
「ん、いいね! じゃあ払うよ。四千円ちょうどで足りる?」
「はい、ありがとうございます……」
夕から四千円を受け取ろうとしたその瞬間、取り立て屋の若い男の手が伸びてきて、その金を乱暴に取り上げた。
「これは、うちがもらいますよ。それが筋ってもんでしょ」
そう言ってから、彼は得意気にニヤリと笑みを浮かべた。それには隣にいた中年男もあまりいい顔はしていなかった。夕は若い男を睨みつける。
「ちょっと、返してください。それは僕がこの子に支払ったお金ですよ」
「こいつらはね、うちから金を借りてるんです。あんたが支払ったこの金だって返済に消えるんだ。同じことでしょ?」
若い男が言う。すると夕は少しムッとして鼻から息を漏らした。
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