第一話 【その代償】~緑河柳太~

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「夕さん。どうぞ、お茶です」 「おっ、ありがとー!」  夕は今、炬燵に入って柳太に出された緑茶をすすっている。その顔は随分と満足気だった。  休憩室に三人も人間がいるのは久しぶりだ。考えてみれば、母の香代子が出て行って以来のことだった。六畳ほどの和室に、炬燵やテレビが置かれたどこにでもある居間のようなこの部屋は、柳太の憩いの場所だった。狭くて古くても、ここに取り立て屋が来ることはほとんどなかったからだ。 「それであの……赤荻さん、どうやってお返しすればよろしいですか……?」  洋一が正座をして姿勢を正し、恐る恐る聞いた。柳太はごくっと唾を飲む。まるで今、ここにいる夕が借金取りのようにも見えた。しかし夕はきょとんと目を丸くして洋一に聞き返す。 「えっ?」 「四百万も肩代わりして頂くわけにいきませんから、なるべく早くお返しします。ただあの、うちはこの通り貧乏なものですから、時間はかかってしまうと思いますが……」 「あぁー! いいんですって! お金のことは!」  お金のことは……?  柳太は心の中でそう聞き返した。夕の言い方は、それとは別に何かあるとでも言うようだった。 「いえいえ、そういうわけにはいきませんよ!」 「いや、本当に要らないんで。あの車の最期にしちゃ上出来でしたよ。もう、最っ高!」  夕は笑い飛ばしてからそう言って、また満足そうに湯飲みに口を付ける。どうやらそれは本心らしい。 「そんな……。でも、それじゃ私の気が済みません」  またも弱々しく言う洋一を、夕はじっと見つめていた。やはりこれは何かある。この男は借金を肩代わりした代償に、何かを洋一に求めようとしている。柳太にはそう思えてならなかった。 「それじゃー、その代わりと言っちゃなんですけど……」  きた……。 「は、はい……」 「息子さんを頂けますか?」 「はい?」 「柳太くんを、頂きたいんです」  今、なんて言った……?  洋一と夕が揃って柳太を見る。二人の表情は対照的だった。洋一はぽかんとしているし、夕はにこやかな笑みを浮かべてとても楽しそうだった。柳太も恐らく、父親と同じ顔をしていたに違いない。 「赤荻さん……。あの、それは一体……」  洋一はとても理解ができない、と言わんばかりに聞いた。当然だ。それには誰よりも柳太が一番混乱していた。 「あぁ、何も取って食おうってんじゃないんですよ。うちね、北鎌倉に家があるんですけど、ちょっと大きくて僕一人じゃ管理ができないんですよ。同居してる奴らもいるんですけどみんな仕事もあるし……。そこで、柳太くんさえよければ、うちで使用人として働いてくれないかなーって思って」 「使用人? うちの……柳太にですか?」  洋一が確認を取るように言う。他にいるはずがないだろ、と心の中で冷静に洋一にツッコむ一方で、柳太はドキドキしながら夕の言葉を待った。 「そうそう。仕事は主に家事です。それから庭の整備。住み込みでお願いしたいんですけど、肩代わりの条件として……どうかなぁ? うちに就職するっていうのは」  夕はそう言って柳太の顔を窺った。 「もちろんお給料も出しますし、お店の手伝いは続けてもらってもいいです。日を決めて……ということになるでしょうけど。あ、でもさすがにコンビニのバイトはやめてもらった方がいいかな。体壊しちゃいそうだし」  いや、ちょっと待った……。就職? 俺が? この人の家に?
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