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「夕さん。どうぞ、お茶です」
「おっ、ありがとー!」
夕は今、炬燵に入って柳太に出された緑茶をすすっている。その顔は随分と満足気だった。
休憩室に三人も人間がいるのは久しぶりだ。考えてみれば、母の香代子が出て行って以来のことだった。六畳ほどの和室に、炬燵やテレビが置かれたどこにでもある居間のようなこの部屋は、柳太の憩いの場所だった。狭くて古くても、ここに取り立て屋が来ることはほとんどなかったからだ。
「それであの……赤荻さん、どうやってお返しすればよろしいですか……?」
洋一が正座をして姿勢を正し、恐る恐る聞いた。柳太はごくっと唾を飲む。まるで今、ここにいる夕が借金取りのようにも見えた。しかし夕はきょとんと目を丸くして洋一に聞き返す。
「えっ?」
「四百万も肩代わりして頂くわけにいきませんから、なるべく早くお返しします。ただあの、うちはこの通り貧乏なものですから、時間はかかってしまうと思いますが……」
「あぁー! いいんですって! お金のことは!」
お金のことは……?
柳太は心の中でそう聞き返した。夕の言い方は、それとは別に何かあるとでも言うようだった。
「いえいえ、そういうわけにはいきませんよ!」
「いや、本当に要らないんで。あの車の最期にしちゃ上出来でしたよ。もう、最っ高!」
夕は笑い飛ばしてからそう言って、また満足そうに湯飲みに口を付ける。どうやらそれは本心らしい。
「そんな……。でも、それじゃ私の気が済みません」
またも弱々しく言う洋一を、夕はじっと見つめていた。やはりこれは何かある。この男は借金を肩代わりした代償に、何かを洋一に求めようとしている。柳太にはそう思えてならなかった。
「それじゃー、その代わりと言っちゃなんですけど……」
きた……。
「は、はい……」
「息子さんを頂けますか?」
「はい?」
「柳太くんを、頂きたいんです」
今、なんて言った……?
洋一と夕が揃って柳太を見る。二人の表情は対照的だった。洋一はぽかんとしているし、夕はにこやかな笑みを浮かべてとても楽しそうだった。柳太も恐らく、父親と同じ顔をしていたに違いない。
「赤荻さん……。あの、それは一体……」
洋一はとても理解ができない、と言わんばかりに聞いた。当然だ。それには誰よりも柳太が一番混乱していた。
「あぁ、何も取って食おうってんじゃないんですよ。うちね、北鎌倉に家があるんですけど、ちょっと大きくて僕一人じゃ管理ができないんですよ。同居してる奴らもいるんですけどみんな仕事もあるし……。そこで、柳太くんさえよければ、うちで使用人として働いてくれないかなーって思って」
「使用人? うちの……柳太にですか?」
洋一が確認を取るように言う。他にいるはずがないだろ、と心の中で冷静に洋一にツッコむ一方で、柳太はドキドキしながら夕の言葉を待った。
「そうそう。仕事は主に家事です。それから庭の整備。住み込みでお願いしたいんですけど、肩代わりの条件として……どうかなぁ? うちに就職するっていうのは」
夕はそう言って柳太の顔を窺った。
「もちろんお給料も出しますし、お店の手伝いは続けてもらってもいいです。日を決めて……ということになるでしょうけど。あ、でもさすがにコンビニのバイトはやめてもらった方がいいかな。体壊しちゃいそうだし」
いや、ちょっと待った……。就職? 俺が? この人の家に?
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