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雅が希望したのは、隣町のあちこちを巡ることだった。
ただし、どこでもいいというわけではない。
Bloodstonesの聖地巡りだ。
所縁のあるライブハウスと公園は、ファンの中ではすでに有名になっていて、それが今や聖地と呼ばれている。
「武士さんは行ったことありますか?」
雅の問いに、武士は首を振った。
ずっといつか行ってみたいとは思っていた。
だが俺はそんなミーハーなファンではない、というプライドもあり、なかなか行くに行けなかった。
学生の頃は、光輝の兄とつるんで所謂“不良”グループに入っていて、Bloodstonesのファンであることは公言していなかった。
なにしろ、武士が学生の当時は不良とバンドマンは所属が違っていて接触するに難しい。
今となっては沢山の人に広めたいほどあからさまにしているが、当時はとにかく自分の心の中に留めておいた。
当時のことを雅に言うかは悩みどころだ。
もしかしたら親同士のつながりから、伝わっているかもしれないが。
武士はちらりと雅を見て、何気なく流すように告げた。
「行きたいとは思っていたんだが、不良もいろいろ忙しくてな」
「え!武士さん、不良だったんですか!?」
やはり聞き流してはくれなかったか。
当時の事は今や大事な青春の思い出で、特別隠したいという事でもない。
むしろ、こんなことを敢えて隠して、これから長く一緒に居ることに支障をきたすなら、別に今話してもいいだろう。
コクリと頷けば、何故か雅はきらきらと目を輝かせだした。
「不良って、カッコイイです!私の友達も、茶髪とか金髪の人いますよ」
……うん?
「レンもデビュー当時は髪は赤かったですし、アキは金髪ですもんね!私、髪の色変えるのは許してもらえなくて、だからすごくかっこよく見えるんです」
不良の捉え方が少し違う気がするとは思ったが、キラキラと目を輝かせる雅に、武士は「そうか」とだけ返事した。
車は隣町に入り、目的地を巡る。
ライブハウスの前を通り、景色のいい公園へと向かう。
ジャケット写真と同じ景色に、息を止め見入った。
傍らには雅が居て、同じように感動した様子で景色に目を向けている。
「連れて来てくれて、ありがとうございます」
見上げて微笑む雅の影がオレンジ色に染まり始めた。
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