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雅の「そうですねぇ」と嬉しそうな顔で宙を見つめた瞳が戻って来て告げたその場所は、武士の「年頃の女の子はショッピングだろう」という予想や、芽衣が助言した「遊園地や夢の国」という所でもなかった。 武士は雅の自宅の門の前へ車を停めるとインターフォンを鳴らす。 大きな邸宅の中から微かに音が響き、ドアを開けたのは雅の兄の大和だった。 「若菜さん、いらっしゃい」 口元を微笑む程度に緩めてはいるが、瞳は悲しさの海に溺れきっている。 奥から慌ただしく表れた雅は、武士の顔を見ると満面の笑みを漏らした。 「武士さん!」 語尾にハートが付く声色は、大和の心を刻む。 行くな、雅!と言いたいのを必死に我慢しているのが、武士にもわかるほどだ。 「では、お兄様、行ってまいります」 普段『お兄様』なんて言葉は使わない。 少々わざとらしく呼ばれた呼称に大和はむっと口を尖らせて、和服の袖の中に腕を組んで突っ込んだ。 「あぁ、行ってきなさい」 手を伸ばしたいのを必死で袖の中で抑え込む。 それを知っているはずの雅は、ますますわざとらしく笑顔を見せた。 「……大丈夫か?」 車に乗り込んで、シートベルトを締める雅に問いかけた。 大和の顔が頭から離れない。 雅は苦笑を漏らすと武士を見上げた。 「大丈夫です。お兄ちゃんもいい加減、シスコンを卒業しないとダメなんです」 確かに、大和もそろそろいい人を見つけて結婚してほしい、という話は親同士の会話の中で聞いていた。 だが、あんなに今にも泣き出しそうな顔で見送られたら、申し訳ない気もする。 かといって、大和がああだからと遠慮するつもりは毛頭ないのだが。 車をゆっくり発進させると、隣からはワクワクした気配が漂って来た。 「ククッ……そんなに楽しみか?」 「はいっ!それはもう!」 漏れた笑いもそのままに問えば、キラキラした瞳が見上げる。 可愛らしい、いや、可愛い雅に武士の顔も緩んだ。 「だって、行ったことなかったんです。高校では、兄が迎えに来るか、みんなと駅まで真っ直ぐ向かってしまっていたから」 その頃を思い出したのか、一度目を伏せて、でもと続く。 「今まで行けなくて良かったです。武士さんと行けることになったから」 嬉しそうに笑顔で見上げる雅に、武士もまた顔を緩めた。
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