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「んーっ、おいしい!」
パクリとケーキを頬張った雅が頬を緩める。武士も一口味わって、深く頷いた。
「やはりここのケーキはとても美味しい」
「武士さん、ここに来たことあるんですか?」
「あぁ。何度か買いに来ているんだが、このケーキは初めて食べた」
「へぇ」
頷きながら、雅の胸がもやもやと疼く。
自分よりも年上な彼氏は経験も豊富で、こういった店なども沢山知っているだろう。
何度も訪れる店に連れて来て貰ったのは嬉しいのだが、以前来た時に誰かと一緒だったのかと考えると、わずかに眉が寄った。
「いつも仕事の休憩用に買って帰るから、ここで食べたのは初めてだ」
雅がハッと顔を上げると、武士は安心させるように微笑んだ。
もしかして、心が読まれてる?
そう思ったが、武士に微笑まれて、そんな思いもあっという間に飛んで行った。
武士はというと、自分の目の前にあるケーキをじっと見つめている。
徐に、ケーキの皿を雅へと押し出した。
「こっちも食べてみるか?」
女子はきっといろんな味を試したいはずだ。
実際、同僚の芽衣は休憩用のケーキがあるときは、決まって夫の矢部のものを一口食べている。
いや、彼女は殆ど矢部の分も食べてしまう事が多いから、雅と一緒にしてはいけないか。
武士がそんなことを考える間、雅はじっとケーキを見つめていた。
本当は「あーん」をやって欲しい。
兄なら躊躇いなく、目の前にケーキをたっぷりと載せたスプーンが差し出されるはずで、仲間達もそうしてくれていた。
これまで自然と「あーん」をされてきたのだが、もしかしたら特別なことだったのではないか、と気がついた。
しかし、特別なことなら尚更、恋人の武士とソレができないというのは悲しい。
雅は武士のケーキを一口食べ、思い切って自分のケーキを掬って武士へと差し出した。
「武士さんもどうぞ!」
端正で無表情に近い顔が、驚きに変わる。
僅かに見開かれた目に、にっこりと笑いかけた。
ここは無邪気に、しかし有無を言わさず。
躊躇いがちにパクリと頬張った武士に、雅は頬を染めた。
「美味しいですか?」
「あぁ」
困ったように目を伏せる仕草に笑みが漏れる。
ほんの少し“してやったり”と思っていたら反撃にあった。
「雅に食べさせて貰ったから、特別な」
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