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スプーンに顔を近づけた距離のまま、覗き込むようにして言われた。
ふっと微笑んだ息遣いをして離れていく。
熱い。顔が熱い!
「こっちももう一口食べるか?」
今度はしっかりと武士のスプーンで掬われたケーキが目の前に差し出された。
たかがケーキ一口でこんなに翻弄されていたら、今後はどんなことになってしまうのか。
手を繋いで、ケーキを食べさせあって、付き合いはまだ始まったばかりで。
今まで好きな人もできず、誰とも付き合ったことがない、経験のない自分は、子供だ、と思った。
差し出されたケーキをパクリと頬張る。
これは、兄や仲間たちにされるのとは違う。
無邪気にいろんな味を試したくて食べるのではない。
頬を膨らませながら笑みを向けたら、満足そうな笑みが返ってきた。
ずっと煩い心臓は、一際音をたてる。
もっとあんな笑顔を向けてほしい、もっと近づきたい。
テーブル一つ隔てた向こうですら遠く感じて、もどかしい。
こんな気持ちになったのは初めてで、好きとはこういうことなのかと思う。
今までいろんな物を“好き”だと思っていたけれど、そのどれも、大したことのない“好き”だったみたいだ。
冷め始めた紅茶の味も好き。
ラズベリーのケーキも好き。
武士が頼んだケーキも好きで、でも武士を好きなのとは違う。
こういうことなのか、と思う。
一人心の中で納得をしてふと視線を上げると、自分をじっと見つめる瞳とぶつかった。
大きな手が伸びて、口の端が拭われる。
「付いていた」
ベタな展開に頭がくらくらした。
「さて、本題に入りたいと思う」
武士が急に神妙そうな顔に変えた。
雅は内心不安な気持ちで背筋を伸ばす。
そんな様子をちらりと見て、武士は気まずそうに一度目を伏せた。
「今日会いに来たのはだな……」
こほん、と乾いた咳ばらいを挟んだ。
「週末の予定を聞きに来たんだ」
難しい顔で言い切ると、コーヒーを一口飲む。
雅はぽかんと口を開けた。
「へ?」
「……いや、予定があるなら、いいんだ。メールや電話でもして誘う手段はあったんだが……いつどうやって誘おうかと悩んでいたら、どういう訳か、会いに行って来いと追い出されてしまった」
眉を寄せて再びコーヒーを飲む。
むぅ、と口を引き結んだ武士に、雅は徐々に破顔した。
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