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綺麗だ、と思った。 艶のある髪に夕日が反射する。 思わず手が伸びて、髪の感触を確かめた。 さらさらと流れ落ちるそれは、水を掬い上げて流れていく様だ、と頭の片隅で考えながら、ゆっくりと振り仰ぐ瞳に目を移した。 漆黒の瞳に映る自分の影を確かめるように、顔を近づける。 唇が触れ合ってから、武士は我に返った。 やってしまった。 ほんの触れる程度で離れた。 本当はもっと時間をかけて、数回デートを重ねてからのつもりだった。 もうかれこれ彼女なんていう存在が居たのは、宙を見つめて必死に思い出さなければいけないほど昔のことで、久しぶりにできた彼女、しかもずいぶん年下だから、慎重に進めようと思っていた。 はず、だった。 また少し傾いた太陽に目を細めながら、しばしどうしたものかと思案する。 だが、どうしたもこうしたも何も浮かばず、ちらりと雅に視線を落とせば、頬を染めて嬉しそうに目を伏せていた。 たまらず顎を掬い上げた。 ゆらゆらと揺れる瞳が潤み、夕陽のオレンジ色を反射する。 雅の耳まで真っ赤に染まり、服の裾をきゅっと握られて、諦めた。 時間をかけて、慎重に、ゆっくりゆっくり進めばいいと考えていたことを。 体を倒し、今度はしっかりと重ねる。 恥ずかしそうに俯いた頭を撫でた。 ポンポンと跳ねさせた手が捉えられ、小さな手にぎゅっと力が入る。 お互い言葉はなく、ただ、沈んでいく夕陽を見つめていた。 しばらくそうして、口を開いたのは武士だった。 「……お腹がすきましたね」 「っ、え?あ、はい、そう、ですね」 「時間はまだ、いいでしょう。何が食べたいですか?」 正直、雅はファーストキスの余韻に浸っていて、胸がいっぱいで食事どころではないのだが、まだ一緒に居られる嬉しさで、必死に何がいいか考えた。 「ええと、何がいいでしょう……私、なんでもいいんですけど」 何でもいいという答えが一番困る。 武士はそう思ったが、雅もまた、自分の答えに後悔した。 「武士さんは何が食べたいですか?」 見上げる雅の頬がピンクに染まっていて美味しそうだ。 「雅」と答えたいのを飲み込んでじっと見つめた武士に、雅はきょとんと首を傾げた。 その仕草はやはり武士の鳩尾あたりをきゅっと掴む。 武士はむぅと口を引き結んだ。
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