357人が本棚に入れています
本棚に追加
武士は自分が思いつく限りの店を頭の中に浮かべた。
駅前のあそこは……居酒屋だ。
あの通りにある店は……あそこは酒屋がやってる飲み屋だ。
あっちの角にあるのはチェーン店の居酒屋だし、折角だからちゃんとした店に連れていきたい。
ちゃんとした店とは、どこだ。
どの店も違法な店ではないのだから、ちゃんとしているではないか。
いや、そういうことではなくてだな。
居酒屋だと雅はまだ未成年だから、なんとなく連れていきにくいという話だ。
そもそも車で来ているのだから、酒は飲めないじゃないか。
それならいったん車を置いて……って、だから俺は居酒屋に行く気満々か!
武士は自分の頭の中で盛大に突っ込みを入れると、眉間を揉んだ。
ふと街の反対側に見える小高い山に気が付いた。
「あそこのフレンチもいいんだが……そういえば、予約が必要だったな」
武士の呟きに、雅は驚愕した。
仲間達と外食をしたこともあるが、大抵ファストフードかチェーン店のファミレスだ。
後は茶道の関係でパーティーというものに連れて行って貰ったことはあるが、母親が料理好きということもあって、記念日など殆ど自宅でお祝いだった。
堅苦しいレストランなんて食べた心地がしなさそうだ。
そもそも雅の頭の中は、今、武士としたキスのことでいっぱいで、胸いっぱい、お腹いっぱい状態だ。
武士はふと視線を落とした。
「肉と魚、どちらがいいですか?」
「肉!」
コクリと満足そうに頷いた武士に、雅が小さく噴出した。
「武士さん、口調が敬語になってます」
「む、……そんなことはない……だろう」
「あははっ、」
「……、」
どうやら、自分でも予想外の行動をして緊張していたようだ。
武士は、こほん、と咳払いをして、何事もなかったのように顔を戻した。
「ふふっ、」
雅がますます笑っている。
武士も諦めて、困ったように苦笑を漏らした。
「肉、食べに行くぞ」
「はい!ふふっ、」
「いつまでも笑ってると、お前を先に食べることになるぞ」
手を繋ぎながら思ったまま口に出せば、雅の顔が真っ赤に染まる。
自分の発言の意味をしっかりと理解した反応に、武士は満足そうに口の端を持ち上げた。
「わ、私は、いいですよ」
「こら」
湯気の出そうな頭に手を伸ばし、数回跳ねさせた。
「そのうち、な」
最初のコメントを投稿しよう!