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二人の間にモクモクと煙が上がる。
香ばしい匂いが充満し、ひょいひょいと雅の目の前に食べごろの肉が並べられた。
ここの焼肉店は七輪で肉を焼く。
テーブルの上に乗せられた七輪越しに、声がした。
「自分の食べたい頃合いを見てどんどん食べなさい」
網の上に並べられる肉から視線を上げる。
トングを手に真面目な顔をした武士が、一度頷いた。
雅はそれまで、食欲なんてないよ、などと思いながら、ちらちらと武士の唇を盗み見していたのだが、気が付けば並べられる肉をせっせと食べてしまっている。
それを満足そうに見つめた武士は、口の端を持ち上げた。
「食欲旺盛なのは好きだ」
もちろん、武士自身もよく食べる。
会社の関係でパーティーに参加した際、大虎の嫁が武士がとってきた料理の多さに目を見開いた。
そしてそれをあっという間に平らげたのを見て、顔を引きつらせていた。
「武士さんも、食べてますか?」
雅は頬を膨らませながら、煙の向こうを見て笑ってしまった。
顔は無表情に近いが頬が膨らんでいて、目は真剣に肉を見つめている。
なんか、可愛い。
じっと見つめすぎたのか、気が付いた武士がその顔のまま雅に視線を向けると、不思議そうに眼を瞬く。
だめだ。武士さん、可愛いっ!
笑う雅に、今度は怪訝そうな目を向けて来る。
首を振って、
「楽しいな、って思って」
それだけ伝えると、柔らかくなった目元に加え、口の端が持ち上がった。
なんか、もしかして、武士さんってわかりやすいのかも。
積極的に話題を見つけて話をするわけではないし、今まで一緒にいると緊張もしていて雅自身がテンパっていたせいか、気づかなかった。
もちろん、先日大学まで来てもらった時に許可を取ったため、夜には電話をしている。
しかし電話越しだと、声の感じと息遣い程度しか相手の感情が分からない。
こうして目の前でじっと見つめていれば、意外といろんな顔をしてくれているのだと思った。
ちなみに、雅から電話をしていいかと聞いたのだが、決まって武士の方から電話をしてくれるのもとても嬉しい。
「雅。焼けたぞ」
低く響く声に我に返り、頬が染まった。
武士の声を聴くたび、頭の中に繰り返される言葉。
さっき言われた「そのうちな」を思い出し、ドキドキした。
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