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駐車場から砂浜へ続く階段を降りる。
手を差し出されて、雅は胸をきゅんとさせた。
今日のために最大限にオシャレした足元はかかとが細めのヒールで、きっと砂の上は歩きにくいだろう。
そんなことが頭をよぎったと同時に、一歩踏み出そうとした手を引かれてとどまった。
「波打ち際まで行けばもう寒いだろう。ここで少しのんびりしよう」
大きいコンクリートのブロックを並べて10メートルほど横に続く階段は、一段の奥行きも広い。
まだ新しそうなその階段の2段目に武士は腰かけた。
隣のスペースに散らばる砂を手で払う。
じっと真顔で手元を見つめて、徐にハンカチを出したので、雅は慌ててそこに座って首を振った。
「そこまでしなくて大丈夫です」
「うん?スカートが汚れないか?」
「払えば大丈夫。高級な服じゃないですもん」
そうか、と呟く声は低く落ち着いていて、この声好きだなぁ、と思う。
雅は武士の腕に抱き着くようにくっついた。
「寒いか?」
「ううん」
寒いわけではなくて、ただくっつきたかっただけ。
武士の体は暖かく、安心した。
絡めた腕が解かれ、後ろへ回る。肩を抱かれて引き寄せられた。
心臓がドキドキと煩い。
それと相反して、酷くほっとする。
ゆるく髪を梳かれ、雅はうっとりと目をつぶった。
こんな心地よさは初めて知った。
後ろ髪が引かれ、顔を上げたタイミングで唇が重なる。
波の音が向こうで聞こえ、そっと離されると武士に抱き着くようにした。
ぎゅっと抱き着いた体はくつくつと揺れ、喉の奥で笑う声が降ってくる。
雅は自分のした行動が子供じみていたかと思うと恥ずかしくなり、ますます武士の胸元へ額を押し付けた。
「ククッ……雅」
「…………ん」
「雅。くすぐったい」
捩る体にますますぎゅっと抱き着いた。
「だって……くっつきたい」
くぐもった自分の言葉は、やはり酷く子供じみている。
そんな自分に不貞腐れたような気分になった。
「武士さんは、嫌ですか?」
「嫌ならさっさと払いのけているし……こんなことにはなっていない」
最後はぼそりと呟くほどに付け加えられ、ゆっくり顔を上げた至近距離に見た顔は、頬がわずかに赤くなっていた。
「そんなに見なくていい」
「嫌です。武士さんの顔、好きなんです」
「…………」
「あ、赤くなった」
「こら、」
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