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あえて、自分も彼女と同じように下の名前で呼んだ。 最早沸騰寸前のように真っ赤に染まった雅は、口をパクパクしながら自分を見上げている。 その顔に、武士は満足そうに目を細め小さく微笑んで見せると、雅は一層瞳を揺らし、とうとう両手で頬を覆った。 「うん?どうしました?雅さん」 彼女の行動の意味を分かっていながら、覗き込むようにする。 ぶんぶんと顔を横に振る雅は小動物のようだ。 今時こんなに恥じらう乙女も珍しい、と思いながら湯呑を傾ける。 ちらりと自分を見上げる瞳に微笑みかけると、慌てて逸らされてしまった。 天気の次は、交通手段。 では、その次は……。 形式ばった会話を思い浮かべようとして、やめた。 この見合いは親の顔を立てただけで、後日断るつもりで来たのだが、状況が変わった。 なんせ俺はこの娘と出会ってしまったのだから。 ちらちらと視線を寄越す彼女へ、微笑みを向けたまま考える。 この様子からして、悪い印象ではなさそうだ。 むしろ、頬を染めて見上げるあたり、好意を抱いていると勘違いしてもよさそうなほどだ。 うむ、と口元を引き結び、それから息を吸った。 「車の中ではいつもお気に入りの音楽を聴いているんです」 「あ、えと、そうなん、ですね」 「緊張しているときは特に、好きな音楽を聴けば気も休まりますから」 「そうですよね」 「今日も、聞きながらここまで来ました」 「え?……た、武士さん、も、緊張、してたんですか?」 “も”ということは、自分も、ということ。 それはそうだろう。 相手は一回り以上年上の男とお見合いだ。緊張しない方がおかしい。 「えぇ、もちろんです」 もっともらしく頷いて見せると、雅はほっとしたように笑みを零した。 やはり笑うと可愛らしい。 きゅんと胸が疼き、自分にこんな気持ちがあるのかと驚いた。 「た、武士さん、は、どんな音楽、聴くんですか?」 雅がわずかに身を乗り出した。 キラキラとした瞳で自分に興味を示す姿に胸キュンが止まらない。 「さぁ、どんな音楽だと思いますか?」 敢えて勿体つけて首をかしげてみせる。 「えーっ、」 雅は不満そうな言葉を口にしたが、楽し気で生き生きと輝きだした表情に、武士は目元を緩めながらじっと見つめた。
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