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雅は恋人繋ぎになった手を意識した。
自分の手よりも大きなそれと絡まるには、自分の手を大きく開かなければならない。
ぎゅっと握られれば、自分の手はされるがままで、緩むと指が軟らかく握り込まれた。
どきどき、する。
ただ手を繋いでいるだけなのに、その絡め方がいつもと違う。
大好きなBloodstonesのライブのはずなのに、雅の意識は武士に向いていた。
ステージから聞こえる曲は、見合いの時につい口ずさんでしまった曲だ。
あの時、やってしまったと思ったが、武士は引くどころか深く頷いていた記憶がある。
以前、数回程、高校の仲間とこうしてライブに来たことがある。
でもいつだって、雅の飛んで跳ねて腕を振り回して、歓声を上げる姿にドン引きされた。
「お前見た目とギャップありすぎだろ」と言われたときは、私に対して勝手な理想を押し付けるな、とカチンと来た。
だけど、今回は違う。
隣では自分と、そして会場中と同じだけ歓声を上げていて、同じだけ、それ以上に腕を体をリズムに乗せて揺らしている。
そして、雅も同じようにすることを当たり前としていて、嬉しそうに目を向けてくれた。
ライブの余韻に浸りながら、会場を後にする時に差し出される手を掴む。
この頃はもうそれが当たり前で、手が繋がるとぐいと引かれた。
S市の外れにある会場から、駅と反対方向を回り込むようにT市へと向かう。
行きと同じルートで向かうのは、武士の会社のビル兼マンションだ。
帰りは車で自宅まで送ってくれるという。
武士の家に泊まってもいいと言ったが、やはり「ダメだ」と瞬殺された。
会話はいつも雅から。
今日はライブの良かったところを最初から順番に上げていき、ところどころで武士の見解が差し込まれる。
満足気にため息を漏らした雅に、運転席から手が伸びて来て、ぽんと頭に乗せられた。
喋りつくした雅が気が付いたとき、車はいつか来た海沿いの駐車場へと入っていた。
「雅」
低い声に顔を上げる。
真剣な瞳がじっと見下ろしていた。
雅の心臓はあっという間に速度を上げ、耳のそばで響く。
煩い心音を落ち着けるように胸に手を当てたところで、武士が口を開いた。
「雅。結婚しよう」
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