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“婚約”をしてから約半年。
季節は二つほど過ぎ去った。
お互いの両親へはそれぞれから報告することになり、見合いを勧めた両親はもちろん手放しで喜んだ。
それから、武士は雅の仲間たちに「武士さん」と呼ばれるようになってしまった。
雅がどう言ったのかは武士にはわからないが、あまり関係のないヤツらにまで親し気に呼ばれて気持ち悪い。
大学へ迎えに行った時などは、顔に出てしまっているのか、雅が隣でくすくすと笑う。
その顔を見て、ヤツらに「武士さん」と呼ばれることを許してしまうのだから、武士は自分に苦笑を漏らすしかない。
そうして天気のいいある日。
丁度大学の春休みもあと数日という今日、二人は昼過ぎに待ち合わせをするとデートをすることにした。
武士が連れて行ったジュエリーショップで雅が選んだのはネックレスで、武士が選んだのは指輪だった。
首元には華奢なデザインと、右手の薬指に可愛らしいリングが光る。
それに浮かれたまま次に武士に連れて行かれたのは、S市との境にある小高い山の中腹に建つフレンチレストランだった。
時間をかけてのんびりディナーを楽しんで、食後には小さなケーキが運ばれる。
そうして楽しく過ごした時間もあっという間、気が付けば、雅はホテルのスイートルームの入り口で、口をぽかんと開けて立っていた。
「雅、そんな所に立っていないでこっちに来なさい」
手招きされるまま、よろよろと進むと腕を掴まれてソファに座らされた。
「……さては、約束を忘れたわけではないだろうな?」
今日は雅の誕生日だ。
誕生日の約束なら、それは付き合い始めてすぐにされた。
雅が友人や雑誌に感化されて、キス以上に進みたいと思ったいた時。
半年たった今考えれば、ずいぶん恥ずかしい事を言ってしまっていた。
今では十分武士の愛を感じることが出来ているし、一緒に居られるだけで幸せで、その先の事はあまり考えることがなくなっていた。
忘れていたわけではないし、その時を思えば楽しみで緊張もしていたが、そうなりたいと思うだけ、じゃあどんな場所でどうやってなどという具体的なことは考えた事が無かった。
「こんな大きな部屋、初めて入った、から」
質問の答えはちぐはぐで、しかし武士は目を細めて雅の髪を撫でた。
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