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――3年後
雅は大学の卒業式を出席しながら、ぼんやりと思い出に耽っていた。
武士に出会った頃は、大学なんて進学しなくても良かったと思ったこともあったのだが、卒業式の今日は、ちゃんと通って良かったと思っている。
入学して、間もなく武士に出会って。
大学生活は仲間達との思い出も沢山あるが、しかし武士との思い出はそれ以上だった。
初めて迎えに来てくれた時の事、初めてデートした時の事、初めて一緒にライブを見に行った時の事。
それから、武士と過ごしたハジメテの夜の事。
「雅ちゃん、顔やばいってばー」
「思い出してにやけるなよ、気持ち悪ぃな」
両端に座っていた涼乃と聡介に肘で小突かれた。
ステージ上に立つお偉いさんの話などほとんど耳には入ってなく、早く終われと念じる。
朝から着せて貰っていた袴姿に視線を落とした。
一番見て貰いたい人に、まだ見て貰っていない。
雅は式が終わるや否や、仲間達との写真撮影もそこそこに会場を後にした。
少し離れた先に留まる漆黒の艶のある車。
運転席から出て来た武士は、雅の袴姿に目を細めた。
「武士さん!」
駆け寄る雅に手を広げる。
勢いそのままに懐に飛び込んだ雅の肩を掴み、少し離した。
「よく似合っている」
「本当?」
「あぁ」
「早く武士さんに見て貰いたかったの!」
今日はこれから雅の家で卒業パーティーだ。もちろん、武士も一緒に。
学校での謝恩会もあるがそれは行かないことにして、後日、高校からの仲間たちと食事に行こうという話になっている。
本来ならまっすぐ自宅へ向かうはずなのだが、大きな交差点で武士はウインカーを出した。
「帰る前に少し寄り道してもいいか?」
「ん?うん」
車は街を抜け、海沿いへ出る。
今は見慣れた駐車場に車を停めて、エンジンを切った。
この場所は二人がいつもドライブデートで訪れる所だ。
武士がポケットを漁る。
雅が期待してじっと見つめると、取り出したのは指輪……ではなく、婚姻届けだった。
「指輪を出すのはありきたりだろう?」
どこか得意げに言われた言葉に、雅は一瞬ぽかんと口を開けてから思い切り噴出した。
「うん、びっくりした!」
「俺の方は準備万端だ」
言葉の通り武士の方はしっかり書き込まれている。
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