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「んー、っと、……クラシック、とか?」 伺うように見上げる仕草は彼女の癖なのだろうか。 上目遣いに潤んだ瞳を向けられて、何も感じないはずがない。 緩みそうな目元を意識的に止め、その瞳をじっと見つめた。 小さく首を傾げる雅に、鳩尾のあたりがきゅっとする。 これを無意識にやっているなら質が悪い。いや、計算なら尚更だ。 どっちにしろ、自分の胸中をかき混ぜる雅に一度目を伏せた。 「残念」 「えー……、じゃあ、ジャズ!」 「いいや」 「むーっ、」 不正解を示すとがっかりしたように眉を下げ、途端に考えるように宙を見つめて瞳を輝かせる。 ころころと表情を変える雅に、武士はとうとう破顔した。 「く、……くくっ、」 「あっ、もー!武士さん、笑うとか、酷いです!」 「ははっ、」 「正解、教えてください!」 頬を膨らませテーブルへと身を載せるようにした雅に、武士は手を伸ばしそうなのをぐっと堪えた。 「そんなに知りたいか?」 少し意地悪に、そして挑発するように口の端を持ち上げ覗き込む。 雅は頬を染めながらも、思い切り首を縦に振り返事をした。 「そこまで言うなら、特別だぞ」 自分の音楽の趣味など、何も特別なことはない。 むしろ、堂々といろんな人に自分の好きなアーティストを勧めたいくらいなのだが、武士は敢えてそう言った。 「実はな、Bloodstonesが好きなんだ」 自分も身を乗り出して、秘密を告白するように小声で言う。 耳をそばだて息をつめていた雅が、ぱっと顔を上げた。 「私も好きです!Bloodstones!」 Bloodstonesとは、今や人気ナンバーワンの男5人組のロックバンドだ。 「そうか。だが俺は好きなんてもんじゃないぞ。コアなファンだ」 「私だって、そうです!ライブは欠かさず行ってますし、グッズだって全部持ってますもん」 共通の好きなものがあれば、あっという間に距離が近づく。 武士の口調は砕けたものになり、雅は緊張が取れ、清楚な印象とは異なる少し悪戯な笑みを浮かべた。 武士が何気なく取り出すのはBloodstonesのファン会員証。 雅も負けじと取り出して、ファンならではの会話が始まる。 隣の部屋で様子を伺っていた大人たちが、不思議そうな顔を見合わせ首を傾げた。
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