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大学の数学の教授である私の、3歳の娘が「自閉症」と診断された。
初めは受け入れ難く、何かの間違いだと思った。
あらゆる医者に診せ、あらゆるカウンセリングにも通ったが、答えは同じだった。怒りがこみ上げ、妻に当たったり、自分の無力さを呪った。
きっかけは、ほんのわずかな一瞬。
それは娘の保育参観の時だった。
他の子供達は、友達同士で元気に遊んでいる。鬼ごっこやおままごと、電車のレールを作ったり、絵本を読む子。
そんな中で私の娘は、教室の隅っこで、一生懸命粘土をこねていた。
保育参観の授業の時間以外、ずーっと粘土をこねていた。
なんと、娘はその後3年間の保育園の遊びの時間中、ずっと粘土をこねていた。
「自閉症」特有の行動だが、他の遊びに目移りしていく子供達の中、一心に粘土をこねる娘を少し愛おしく思った。
卒業の日、持ち帰った粘土を見ると、それはイカの姿をしていた。
「イカ?保育園の3年間で、あんなに一生懸命、イカを作っていたのかい?」
思わず吹き出してしまった。それは確かに上手にできてはいたが、なぜイカだったのだろう?
「パパが前読んでくれた、海の図鑑を思い出して作ったの。ほら。」
そう言って、イカの粘土の表面をペラリとめくると、内臓が全て精巧に作られていたのだ。
「す・・すごいね、なっちゃん。」
その海の図鑑は2歳の時読んでいたもので、今は私の本棚に閉まってある。娘はそのイカの内臓までも全て覚えていて、この精巧な模型を、粘土で3年かけてこしらえたのだった。
「自閉症ってすごい個性だな。」
娘はもう素知らぬ顔で、カルピスを飲んでいる。
全く人生とは楽しいものだ。
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