プロローグ 

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 神戸の摩耶山の上に、摩耶観光ホテルというものがある。  今は廃墟となっていて、心霊スポットともなっているようだが、昼間に行けば木漏れ日が割れた窓ガラスの上からこぼれ落ちる、素敵な空間だ。  一度だけ、行ったことがある。中学校の修学旅行が神戸だった。その自由行動の行き先として、同じ班だった男子どもが悪ノリして選んだ。  おぞましい廃墟での未知との遭遇を期待していた彼らは、行ってみて見るからに落胆の表情を浮かべていた。  昼間のそこは、全く怖くなかった。蜘蛛の巣が張った天窓でさえ、そのくすんだ光が美しく映った。賑わっていた頃の面影を感じさせる洋風の館内は、ガランとしているのが逆にミスマッチな美しさを引き立てていて、愛はむしろ感動したくらいだ。  しかし同時に、赤いステンドグラスから細く差していた一筋の光は、とても不愉快だった。幻想的で美しい廃墟の中で、それだけが汚らわしく思えた。  なぜならその光は、愛に、両親が死んだ日のことを思い出させるからだ。  押入れの扉を細く開けたそこから、赤い光が差し込んで来た。  夕日の赤だった。  夕刻に帰ってくる両親を、押入れの中に隠れて驚かせる……そんな、可愛らしい遊び心だったのだ。6歳の少女にとってはなんてことない、脈絡も大義名分も目的も何もない、本当にただの馬鹿らしい遊びだったのに、それが結局自分の命を救うことになったのは、本当に不思議なことだと思う。   お母さん、お父さん、まだかな。 そんな純粋なワクワクとした気持ちを、愛はあの日以来抱いたことがない。おそらくワクワクとかドキドキとかウキウキとかそういうものは、あの日、あの押入れの中に、置き去りにして来たのだと思っている。  やがて、玄関の扉が開く音がした。帰って来た! 鼓動が高鳴る。愛は一人でワクワクしながら、押入れの中で息をひそめた。 「愛ー。ただいまー」  母の美里の声がする。父の聖代の「愛ー。どこだー」という声も続いた。  これが、人生で最後に愛が聞いた、両親が自分を呼ぶ声だった。
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