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「見当たらないな。どこに行ったんだ」
聖代が訝しげな声で言う。美里も、「ほんとね。トイレかしら」と不思議そうな声をあげた。
今だ!
押入れの中、ワクワクではち切れそうな胸を抑え、思いっきり扉を開けようとした愛は、突如響いた爆音にそのまま固まった。
それは、玄関が強引に開けられる音、ドタドタと数人の招かれざる客が勝手に部屋に上がり込んでくる足音、そして聖代と美里のいるリビングの扉を、その人物たちが乱暴に開けた音だった。
愛の脳みそは完全にフリーズしていた。
何が起こっている?
押入れからは、乱入者の姿を直接見ることはできなかった。しかし、聖代と美里が扉の方を振り返り、この世の全ての醜悪を恨むかのような顔でその方向に睨みを効かせている事、そしてそこにはどうやら男性が立っているらしいと言うことが、夕日が伸ばした長い影と声でわかった。
「こんなところに住んでいたのか。手間かけさせるねえ」
男の声がする。しゃがれた声だ。
「何の用だ」
聖代が言った。愛がそれまで聞いたことのない、いつも優しい彼からは想像もつかないような低くてドスのきいた声だった。
「用といっても大したことではないんだがな。お前たち二人を殺しにきた。それだけだ」
「理由は」
「バカな質問してんじゃねえ。紛れ込んだ犬は容赦無く始末するのが俺たちのルールなんだよ」
そのころの愛には、二人の会話の意味は半分も理解できなかった。ただ一つだけ、今からこの場でおぞましい惨劇が繰り広げられると言うことだけがはっきりと分かった。
「残念だよ。お前たちは、こちらの世界の方がその力を活かせただろう」
「お前たちの世界で活躍したところで、なんの意味があるの」
美里の声がする。凛とした厳しい声だった。
「今のうちだぞ。軽口叩いていられるのも」
そんな声とともに、愛の視界にすっと腕が伸びてきた。正確には、ごつい拳銃を持った男の腕が、細い押入れの扉の視界の中に現れた。その腕には、いびつな形の印象的なシルバーの鎖を繋いだブレスレットがはめられていて、愛はわなわなと震えながらそれを見ていた。
「さようなら」
しゃがれた声の後に、二発の銃声が響いた。
血の噴き出る音がした。肉が弾ける音がした。硝煙の臭いがした。二人の体が、愛の視界の中でゆっくりと後ろに倒れた。
両親が、殺された瞬間だった。
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