第1章 始まりの朝

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*** 東京にその中規模な震災が発生したのは、もうすぐ新学期というまさにその時期だった。 中規模とわざわざ書いたのは、何万人と犠牲になるような大災害だったという訳ではなく、例えば4月から正式に千葉の全寮制の「仁徳学園高等部」へと入学予定だった愛の入学が、5月のGW明けにずれ込む程度の震災だったためだ。 技術は、愛が毎日酸素を吸って二酸化炭素を吐き、疎ましい叔母や叔父の視線と戦っている間に、確実に進歩していた。 発災から2ヶ月、もう東京には震災の爪痕は一切残っていない。割れた道路も崩れたビルも、全て何事もなかったかのように元に戻り、そして愛はその綺麗さっぱり日常を取り戻した大都会から、ひっそりと身を消した。 仁徳学園は、関東では有名な全寮制私立だった。 勉強面だけでなく、人が人として生きていくために必要な力をメンタル面から鍛える。そう謳うパンフレットが果たしてどれだけ信用できるものか、明確な根拠はないが、愛にとってはそこが「全寮制」であるということが何よりも重要だったのであまり気にしたことはない。 両親が目の前で殺されるという悲劇から十年。 「結婚したら夫婦だけで人生を楽しむ」と約束していた母の妹夫婦は、「世間体」なるものによって愛を引き取ることになり、それはそれは丁重に愛を養ってくれた。 まるで触れたら壊れるガラスのように、触らず、関わらず。最低限のコミュニケーションのみで成り立つ唯一の「家族」は、愛にとっては苦痛の対象でしかなかった。 だから、高校生になったら、全寮制の学校に行って人生をやり直そうと、そう決意したのだ。 自分のことを道の真ん中に落ちたバナナの皮のような目で見る家族から離れ、初めての場所、初めての仲間たちと一緒に。 自分の人生をやり直そうと、決めたのだ。 それなのに。 それなのに! 愛は再びせり上がってくる怒りを、拳をぎゅっと握りしめることで耐えた。 あの野郎、あの変態野郎! ほんの少しでも「かっこいい」なんて思ってしまった過去の自分を叩きのめしてやりたい。それこそぺらぺらの紙になってヒューっと飛んでいくくらいに。 優しいふりして最低か!初対面の女のスカート捲るか普通!しかもこっちが寝てる時に! 怒りはおさまらない。愛はそのおさまらない怒りを足に込め、ずんずんと国道を歩いていた。 向かう先は決まっている。 仁徳学園だ。
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