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半年前の、8時50分発のいつもの電車
俺はあの日も、いつもの電車に乗っていた。
いつもの位置で、いつものように本を読みながら。
いつもと違ったのは、眼鏡の汚れが酷く気になったことだ。
昨日の授業は教室で、黒板を使ったものだった。眼鏡も、チョークの汚れで白く曇ってしまっていた。
俺は文庫を脇に挟み、鞄から眼鏡ふきを取り出そうとした。
その時だ。
キキーッ
電車が大きく揺れて、停車した。
ー緊急停車します。緊急停車します。
ー突然の停車で失礼しました。安全確認のため、しばらくお待ちください。
揺れの余韻にふらつく人、朝の慌ただしさにイラつきや焦りが空気に漂う。しかし、俺は正直それどころではなかった。
かしゃんしゃん。
その音だけは聞こえた。
しかし、その音を最後に俺の視界はほぼゼロになった。
眼鏡なしでは自分の指紋もよく見えないほど、ひどい近視なのだ。音からすれば、そんなに遠くには落ちなかったはずだ。俺はそっとしゃがみ、足元に目を凝らした。
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