ウミノモノ

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 ある年のお盆に,鎌倉市の腰越漁港沖でカヤックを使い沖に出ている二人の若者がいた。  彼らは地元では名の知れたサーファーで,朝から素潜りで「伊勢海老の巣」と呼ばれる岩場に何度も潜り,伊勢海老,アワビ,サザエを密漁していた。  このポイントは地元の人間でも限られた者しか知らず,また遠浅の沖にあるのでカヤックやロングボードのような浮力のある物で行かないと危険だった。  漁師たちは網や船が傷付くことを嫌い,この辺りでの漁はしなかったため伊勢海老をはじめ多くの魚が住みついていた。  なにより,八月十五日に海に出る漁師はいなかったので,海には二人が乗るカヤックが浮いているだけで周りにはなにもなかった。  カヤックには荒川琢也(あらかわたくや)が乗り,佐藤孝俊(さとうたかとし)が素潜りで獲ってくるアワビや伊勢海老を受け取りカヤックに縛り付けた網に入れていた。  琢也は孝俊より三歳年上で,子供の頃から一緒に海遊びをする仲間だった。  小学生のころからサーフィンを始め,孝俊は十七歳のときに関東選手権で優勝するほどの腕前で地元のサーファーで知らない者はいなかった。  孝俊の彼女,長谷川響子は読者モデルをしている高校生で,よく孝俊がサーフィンをしているところを海辺の行きつけのカフェから眺めていた。  孝俊と響子は地元でも有名な目立つカップルだったので、二人で雑誌に取り上げられることも度々あった。  そんな孝俊の両親は逗子で飲食店をやっていたこともあり,いざとなったら家を継げばよいからと,息子をプロサーファーの道へと進ませることに積極的だった。  孝俊よりも先にサーフィンを始めていた琢也もサーフィンは上手かったが,大会で結果を出すことはなく,高校を卒業すると地元の不動産屋に就職した。
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