ほほえみ

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ほほえみ

時間がゆっくりと過ぎていく。 高野さんと私は目の前に置かれたメニュー表を見つめていた。既に卓上には熱燗が用意されている。 「どれも美味しそうだから、迷いますね」と視線をメニュー表に落としながら言う高野さんに、そうね、と相槌を打つ。 私はゆっくりと店内を見回してから、ぼんやりと高野さんを見つめた。高野さんは穏やかな人だ。私より二歳年下だけれど、歳のわりには随分と落ち着いていて、まるでずっと年上の人と接しているかのような錯覚をつい起こしてしまう。 高野さんは私の視線に気付くと少し照れたような表情を浮かべた。店内の時計は午後の八時を知らせている。外はもう暗い。 店員さんに「焼き鳥のモモを一皿と鮪のタタキを一皿、お願いします。」と注文している高野さんを尻目に手酌でお酒を飲む。私はあまり飲める方ではないのだけど。 付き合い始めて間もない頃に、どうして私と付き合おうと思ったのかと質問した事があった。確か、初めて高野さんちに行った時だったように記憶しているが、随分と昔の事なので定かではない。頼りにならない。記憶は夢に近い、曖昧なものなのだ。     
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