柳瀬戦

57/61
141人が本棚に入れています
本棚に追加
/153ページ
だけど、それならどうすればいい?  こんなに深く傷ついている選手を励ますには、どうしたらいい? 親父は俺が負けたとき、何も言わなかった。 それは下手な慰めより救いになった。 こういうとき、言葉は無力だ。 わかってる。 わかってるけど、黙ってはいられない。 励ましたい。 何か、何か言葉を……。 智典の隣に座り、震える肩にそっと手を置いた。 「……お前は、本当によく頑張ったよ。あの柳瀬を相手に7ラウンドまで戦ったんだ。十分凄い。胸を張って良いんだ」 智典は、やんわりと俺の手を払った。 「……すみません、少し、ひとりにしてください」 「智典……」 「あなたに、こんなカッコ悪い姿、見られたくない……」 うつむいて、すすり泣くように呻く。 ああ、そうか……。 これまで無敗だった智典。 だからこそ、初めての敗北は、その心をひどく打ちのめしたのだ。
/153ページ

最初のコメントを投稿しよう!