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本田は部下として指導していくうちに東を息子の様に可愛がるようになった。あまりに仕事に根を詰めすぎる東を無理矢理帰したこともある。だが、たったその一度だけで東の根を詰めた働き方は続いた。男が仕事に没頭しすぎればある事に支障が出る事は本田も理解していた。
「隠し事、ずばりこれだろ?」
クロワッサンの生地をはじいた親指が引っ込み、小指が立つ。
そして東の右頬が一度だけ痙攣し、眉間に皺が寄る。
「ビンゴだな。お前は焦ると必ず右頬が一回痙攣して、眉間に皺が寄る。あと、口が開く」
慌てて口を閉じ、東は両手で顔を擦った。
満足そうな本田がさらに続ける。
「女か……振られたのか? お前は働き過ぎなんだよ」
「……違うっす」
「んじゃ、どうしてそんなしけた面してやがる」
獲物を捕らえて離さない男はこういう時でも頑なだ。
ものの数秒で逮捕された東に逃げ場はなく、覆面御パトカー内が取調室と同じ緊張感で包まれる。
「結婚しようと思っていまして」
重たく口を開き、祝い事を述べたのに浮かない顔の東に、本田は慰める様に肩を叩いた。
「俺も悩んださ。刑事の俺が嫁と結婚していいものなのか」
マンションから鋭い眼光は離さず、本田は昔話を始めた。
刑事という朝も夜もない多忙で危険な仕事。
もう何十年も前、そんな本田の仕事漬けの日々にも一輪の花が舞い降りた──それが今の本田の妻・知美だ。
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