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東の脳内に手術台の上で裸になった自分が看護師や医師に囲まれて鋏を持っている姿を想像してしまった。
「ちょ……えっ……」
「馬鹿野郎。男ならシャキッとしろ。血の一滴や二敵でビビんじゃねえぞ」
「……」
一滴や二敵で済むわけがないだろ!と心の中で突っ込みながらも、自身に迫る男の尊厳を失う事態に、既に男の尊厳を失ったであろう本田が声をかけた。
「本当につらいのは奈々なんだ」
そうだ。これを失ってしまえば、子どもは望めない。やはり式が終わればすぐに病院に走らなければならない。
だが、それまでの期間、自身が何の病気に犯されているか知らずに過ごすのは耐えられなかった。
「そ、そうっすね……あの、お義父さん」
「何だ」
「病名を聞いてもいいっすか?」
先程まで涙を流しそうな表情をしていた本田の口がポカンと開く。
「病名なんてねえぞ」
まだ未発見の新種の感染症なのかと目の前が真っ暗になった東に、本田が希望に満ち溢れた単語を告げた。
「妊娠だろ? ちげーのか?」
「え?」
「あん?」
「性病じゃないんすか?!」
「はああああ?!」
巻き舌になった本田の声でスタッフが再度呼びに来たのに二人は気が付かなかった。
「妊娠したんだろ?!」「性病持ちなんすよね?!」
というとんでもない会話を聞いてしまいスタッフは黙って出て行った。
──お互いやはり今はただの義理の家族なのだと再確認した。
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