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披露宴が始まる頃になると東と本田はげっそりしていた。
華やかなBGMで登場した東と奈々。
親族席を通りすぎる時、あえて二人は目を合わせなかった。
それでも本田は二人が通り過ぎれば視線を上げた。その視線の先は娘ではなく東の背中。
本田は東の背中を見た事がなかった。
先行するのはいつも本田の方で、彼は後ろをついてきてばかりだ。
だがいつの間にか横を歩くようになり、今は前を歩いている気分になる。
大きく感じるその背中は娘を預けるに相応しく、やはり心の中ではしっかり二人を祝福していることを実感した。
(俺が出来なかった奈々の笑顔を東は作ることができている)
そして本田がそんな事を考えている間に二人は上座に到着した。
上司の部長の挨拶が始まる。お決まりの文面から、東の事そして父である本田の事が語られた。
「二人は「阿吽の呼吸バディ」と呼ばれていて……」
年寄り特有の長い挨拶。
それが終われば乾杯、披露宴のスタートだ。
親族席では入れ替わり立ち替わりお酌が始まり、本田もほとんど自席には戻ってこなかった。
チラリと盗み見すると、参列客の子どもが新郎新婦の周りをウロウロしていた。
それを見て微笑む奈々を見て、自分はどんな顔を奈々に今まで向けていたのか思い出す。
だが、所詮は自身の顔。鏡でもない限り見る事は出来ない。
一つ言える事は、今彼女の足元ではしゃいでいる子どもの様な姿を本田は見た事がない事だった。
奈々の笑顔はいつも二次元だった。
自分には見せない満面の笑みの奈々は今でも本田のデスクにたくさん飾ってある。
まるで彼女のアルバムの様に成長過程全てが彼のデスクには広がっている。
「子煩悩」と言われた時期もあった。だが、本物を見る事が出来ればわざわざデスクに飾る必要なんてない。それを言われるたびに本田は苦虫を噛み潰した様な顔になった。
そんな父親を奈々はどう思っているのだろうか──きっと恨んでいる。
それなのに彼女は東と結婚した。
ますます本田の頭は混乱する。
「注ぎますよ」
「あっ。すみません」
東の親族に声をかけられ、握りしめて熱くなったグラスに弾けるアルコール飲料が注がれれる。キンと冷えたビールが、熱を持ったグラスを冷やしていくのとは逆に、本田の心は分からぬ娘の気持ちに集燥感で熱くなっていった。
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