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お父さんへ
今日、私は結婚します。
私はお父さんが大嫌いでした。母を悲しませ、私の事なんてどうでもいい人なんだとずっと思っていました。何度「お父さんなんて大嫌い」と叫んだか覚えていません。
でも、高校生になったある日。仕事中のお父さんとすれ違いました。ひったくり犯を必死に追いかけるお父さん。周りは犯罪に道を開けるだけ、その間を走り抜けるお父さんは危険を顧みず突進していく勇敢な男でした。
気が付けば私も追いかけていました。私の方が若いのに離れて行く背中。追いついた時には人だかりの真ん中で犯人に手錠をかけている傷だらけのお父さんがいました。
すぐにパトカーが来て声をかける事は出来なかったけど、その日だけは労いの言葉をかけようと決めました。でもその日も帰ってこなかった。
結局私がお父さんと顔を合わせた時、激闘の傷は何処にもなく、何食わぬ顔で朝ごはんを食べている姿でした。その時の話をお母さんにしたら、この写真の事を聞きました。毎晩、私の寝顔を見に来てくれていた事を。
つかさ君と付き合うようになって、仕事の危険性や取り調べや報告書に追われ忙しい事を知りました。
彼との結婚を認めてくれないこの数ヶ月間「今まで家にも碌に帰ってこなかったくせに、今だけ親の顔をするなんてずるい」と怒りに震えました。でもあの日みた姿を思い出し全てを悟りました。
そこまで読み終え、奈々は本田を真っ直ぐに見つめる。その続きは本田のこの結婚に関する本音が書かれていた。しかし奈々はそれを読まない。
数秒の間の後、本田が口を開いた。
「危険な仕事だ。いつ何があるか分からんうえに家にも帰ってこない碌でもない男とは結婚させたくない」
父の想いに奈々は頷いた。
「分かってるよ。でもね……私は逆なの。市民の平和を優先する。そんなかっこいいお父さんと同じ刑事だからこそ私はつかさ君を好きになったの。だから私は後悔も何もしない。お父さん……」
奈々が一筋の涙を流す。潤む瞳は決意の色で揺れていた。それは誰かに似ている。
「私、今日結婚します。今までありがとうございました」
娘からの父への手紙。
今まで言えなかった気持ち、共有できなかった時間。それは物理的にはもう取り戻せない。しかし、今確かに父と娘は親子の時間を取り戻した。
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