File4 父と娘、ときどき相棒

5/7
前へ
/49ページ
次へ
「奈々……くそッ……おい、東!」 拳を東に向ける。 「はい! 何でしょうお義父さん!」 「奈々を泣かすんじゃ……」 今まで恐ろしかった先輩刑事の顔が見た事もない皺を刻み歪んでいく。「な、かすんじゃ……な、泣かすんじゃ……」とグシャリと崩れた目元に雫が溜まる。 そして、刑事という激務の男を夫にする決意をした娘に負けず力強い瞳を光らせ 「泣かすんじゃねーぞ!」 と叫んだ。 ようやく二人の結婚を本田は認めた。 「はい!」 と返事した東も拳を向ける。その手には今度はマイクでなく、赤い褌、そして花束が握られていた。 決意の布をリボンの様に花束の持ち手に巻いた東が近寄ってくる。 会場は今までにないほどの大きな拍手と喝采に包まれる。 「絶対に奈々さんを幸せにするっす!」 バサッと差し出された花束は新しい親子の絆を祝福する。それを受け取り、同じく涙を浮かべる東の顔を拭こうとハンカチを取り出した。 それで新しい息子の顔を男らしく雑に拭く。派手な布の下で涙を浮かべた東の顔が更に歪む。 「く、くっさあああ? んぐッ、もごもご?」 (やべえ、山下の靴下だった!!) 殺気窃盗犯確保の末、ポケットに仕舞った化学兵器だった。 感動の場面でまさかの失態、やはりこの二人に平穏は訪れない。 しかしここで騒ぐわけにはいかないと、靴下を口に突っ込む。そして「しー!」と人差し指を当てるが東は気絶しかけているのか、白目を向いて泡でも吹きそうだ。 「んご……ふごっ……」 昇天しながらも戻ってきた黒目が扉の方へアイコンタクトする。 そして東はガタガタと肩を震わせながら腕を本田にかけた。 その姿に奈々は「ありがとうお父さん、認めてくれ」と両手で顔を覆うが、東には聞こえていないだろう。 鳴り止まぬ拍手よりも声をはりあげ 「仲良くなり過ぎちまって困ったなあ!」 とわざとらしく表情を引き攣らせる。 そして仲良さげに会場を出るしか二人には出来なかった。東はほぼ本田に引きずられていた。感動の義理の親子の退場だが、二人は傷を追いながら事件現場をあとにしている気分だった。
/49ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加