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両側に電気店やホビーショップなど雑多な店が建ち並ぶ秋葉原の繁華な通り。ある雑居ビルはワンフロアの窓すべてが媚を売るようなポーズをとったメイドの写真で埋め尽くされている。別のほうに視線を向けると、パチンコ店の縦長の電飾看板を赤や緑など色とりどりの光が川のように流れていくどこか遠くのほうから雑踏を掻き分けるようにしてアニメソングの女性の澄んだ歌声が聞こえてくる。
その日、僕が秋葉原に来ていたのは買い物が目的ではなかった。メイド服や女子高の制服を着て客引きをする女たちをチラチラと横目で見ながらその前をゆっくりと通り過ぎていく。今日はいないか……。そう思ったときだった。
「寄ってかない?」
目の前にラミネートされたビラが差し出された。黒と白の長袖のボーダーシャツにジーンズという服装の女。目は一重の切れ長で、サラサラの黒髪を眉毛のあたりで切り揃えている。ビラには二十分三千円、三十分四千円……と料金らしきものが書かれている。
「こ、これは……?」
「貴子カフェ」
「え?」
「私のカフェだから貴子カフェ」
「わからない」
「嫌なら別にいいよ」
「いや、行く! 行きます」
「あ、そう。じゃあ、付いてきて 」
彼女はただ顎をしゃくって付いてくるよう促した。僕はその後に黙って付いて行く。あまりに突然の展開に思考回路は追いついていない。まるで白昼夢の世界にいるかのように足元には歩いている感覚がなかった。
貴子……。
それが彼女の本名だろうか。彼女の姿をはじめて見たのは約三ヶ月前。秋葉原にPCのパーツを買いに来たときのこと。はじめはただ待ち合わせかなにかで通りに突っ立っているだけのように見えたのだが、よく観察すると客引きをしているようだった。
次に来たときも同じ場所に彼女の姿はあった。そしてまた次に来たときも……。やがて僕は彼女の姿を見ることを目的として秋葉原に足を運ぶようになっていた。しかし、あまりに眩しすぎて話しかけることはできなかった。その日も彼女の姿をただ見ることができたらそれで満足のはずだったのだが……。
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