第2章 豚骨

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 僕は一週間後にまた貴子カフェを訪れた。本当は翌日にでも訪れたかったのだが、コンビニのバイトの給料でギリギリの生活を送る僕にとって二十分三千円という料金はあまり手頃なものではなかった。  カフェの近くの自動販売機でミルクティーとコーラを買ってショルダーバッグにしまってから雑居ビルに入った。三階まではエレベーターを使わずに階段で上がることにした。少しだけ緊張していた。その緊張を解すための時間がほしかった。すうっと大きく深呼吸しながら階段を一段ずつゆっくりと上がっていく。店のドアを開けた。 「へい、らっしゃい!」  あれ……? 自分の目を疑った。カウンター席では四人の客がラーメンを啜り、キッチンには頭に白いタオルを巻いた恰幅のいい店主らしき男が立っている。 「お客さん、そこで食券買って」  店の入り口近くに突っ立っていると店主が言った。指差す先には食券の自動販売機があった。これは前に来たときはなかった。いや、あっただろうか。よく覚えていない。ラーメンの食券を買い、空いているカウンター席に着いて食券を店主に渡した。 「麺の硬さは?」 「あ、ハリガネで」 「はいよ。水はセルフサービスね」  席を立ち、 ウォーターサーバーからコップに水を注いでまた席に戻る。ラーメンはすぐに出てきた。白濁したスープの豚骨ラーメン。湯気といっしょに獣のような匂いが立ち上がってくる。まずは蓮華でスープを一口飲んでから麺を啜った。  店内にズルズルと麺を啜る音だけが響く。やがて他の客はラーメンを食べ終えて出ていき、店内の客は僕ひとりになる。店主に訊いた。 「この店は何時から営業しているんですか?」 「午後五時からだよ」  ラーメンを食べ終えてから後ろの窓を振り返った。夕闇の中で向かいの電気店のネオンがチカチカと瞬いていた。
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