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弥生の真似だろうか。男がけたけたと笑いながら自身の目を指で少し釣り上げる。男の大きな身体に圧迫され、弥生は恐怖を感じ始めた。弥生自身あまり気にしたことはないが、客観的に見ると弥生は小柄だ。線も細く、背も百五十二センチしかない。けれども、意志の強そうな、つり目気味の二重の瞳は吸い込まれそうに大きく、瞬きをすると可愛らしい音が聞こえてきそうなほどだった。けれども、小さくぷるぷるの唇からは、仕事に対する情熱を語ることが多い。そのギャップから同性異性両方から好感を持たれることが多かった。
「ねね、俺今さ、カットモデル探してて! もし良かったら……」
弥生の戸惑いを知らない男の手が、弥生の髪を撫でようとした時。
「コバ」
「……へ?」
「必要、ない」
大きな手が、男の手を阻む。
阻んだ手の元を、弥生と男の視線が追う。もちろん手の主は旭だ。男の手を掴む旭の手の甲に、太い筋が浮かんでいる。男の顔も、痛みなのか顰められている。旭の手に力が込められているのが見て取れた。しかも、旭にしては、珍しく硬い声だと弥生は思った。驚きに目を見開くと、視線を遮るように大きな手で遮られた。そしてそのままぽすんとシャンプー台に倒された。
「……こいつは俺の担当」
「……あ、は、は、ハイ。さーせんした」
旭の手で視界を遮られているため、何が起きているかわからない。けれども、空気が一瞬で冷たくなった。店内は暖かいはずなのにと、弥生は腕をさすった。
少し遅れてバタバタと男の去る音が聞こえた。
「邪魔が入ったな。悪かった」
顔には、旭の大きな手。それが無くなりガーゼが掛けられる。暖かい手が薄っぺらいガーゼに変わり、少しだけ心細さを覚えた。けれども、手のひらを握って開いて。心細さを隅に追いやる。
弥生は、知らない。
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