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「例えば……俺と別れたら、お前は再婚できるだろ? 俺の代わりなんていくらでもいる」
「そんなことは……」
「いいから最後まで聞け」
誠一は穏やかに遮ったが、その口振りから苛立ちが窺えた。
「ただ、逃げられるとしたら死ぬときだけだ。いずれ俺もお前も死ぬだろ」
「……え、ええ」
康子が戸惑いながら頷くと、誠一は言う。
「そうだよな。でもそんなこと考えずに毎日を送ってる」
「ええ、だって縁起でもないでしょ!」
康子は堪えきれずに叫んだが、誠一は淡々と続けた。
「人は誰でも死ぬ。これを確かめるのが、葬式だ。だから、あかりの死にいつまでもひたってるんじゃない。お前のためにもな」
「……あなたは……、あなたは寂しくないの?」
的外れだと分かりながらも、康子はそう尋ねてしまう。もしかしたら、娘の死を哀しんでいないのではないか、と思ったのだ。
誠一は肩を震わせながら、呟くように答えた。ポツリと。
「哀しいさ。……哀しくないはずがない。だからこそお前まで喪いたくない」
その一言を聞いても、なお康子は押し黙っていた。しばらく互いに無言だった。やがて、静かにあかりのスマホを手に取り、健太の名前をタップしたのである。このメッセージが彼の〈あかり〉になることを祈って……。
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