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春。
甘そうな桜の舞う、卒業の季節。
運よく俺は、砂糖菓子のクラスを三年間受け持つことができたのだ。
そこは運命の神に感謝をするしかない。
だが、それも今日で終わりだ。
俺は教師。砂糖菓子は生徒。 この枠組みは外れない。外す気もない。
俺の世界からにんげんが居なくなるのは、少し、寂しい。
柄にもないことを、生徒の出ていく体育館で思う。
と、ぽんと腕を叩かれる。
見ると、卒業証書を持った砂糖菓子。
「あとで、体育館裏へ」
そう桃のソースを塗ったような唇の動きだけで言うと、ひとの形の砂糖菓子は物の群れと流されて見えなくなった。
体育館裏。
告白だとか、不良の喧嘩だとか。そんな舞台に使われる場所。
・・・そんな場所で、何をしようというのだろう。
告白?まさか。
あの子は俺に振り向かない。砂糖菓子は恋をしない。
喧嘩?それもない。
あの子の手足は砂糖菓子。 何かを傷つけることなどできやしない。そんなことをしたら崩れてしまう。
・・・一体。何なのだろう。
妙に落ち着かない気持ちで待つ。
幻覚を見始めてから、気持ちを動かされるのは砂糖菓子だけだった。
「すまん、待たせた」
綿あめのような、それでいてオレガノのような声が脳に通る。
振り返ると、砂糖菓子。 いつものダリアのようなリボンを揺らした、可憐な唯一の少女。
何の用だ、と聞こうとする前に、がしりと腕を掴まれる。
思っていたより、強い力。
砂糖菓子は整えられたような唇を開く。
「先生は、私の事、好きだよな?」
恋愛的な意味でだろうか。それなら答は否。これは恋心ではない。執着だ。
そう言うと、砂糖菓子の顔が喉に近づく。
「非道いひとだな、先生は」
「恋愛的な意味でなくてもだ。私を、私という存在を愛しているか?」
それならば。
頷く。
それを見ると、砂糖菓子はにやりと、いつか見た柚子胡椒のような笑顔を見せる。
「それはよかった。」
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