1.辻祐樹という幻覚者 箱庭百合音という砂糖菓子

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春。 甘そうな桜の舞う、卒業の季節。 運よく俺は、砂糖菓子のクラスを三年間受け持つことができたのだ。 そこは運命の神に感謝をするしかない。 だが、それも今日で終わりだ。 俺は教師。砂糖菓子は生徒。 この枠組みは外れない。外す気もない。 俺の世界からにんげんが居なくなるのは、少し、寂しい。 柄にもないことを、生徒の出ていく体育館で思う。 と、ぽんと腕を叩かれる。 見ると、卒業証書を持った砂糖菓子。 「あとで、体育館裏へ」 そう桃のソースを塗ったような唇の動きだけで言うと、ひとの形の砂糖菓子は物の群れと流されて見えなくなった。 体育館裏。 告白だとか、不良の喧嘩だとか。そんな舞台に使われる場所。 ・・・そんな場所で、何をしようというのだろう。 告白?まさか。 あの子は俺に振り向かない。砂糖菓子は恋をしない。 喧嘩?それもない。 あの子の手足は砂糖菓子。 何かを傷つけることなどできやしない。そんなことをしたら崩れてしまう。 ・・・一体。何なのだろう。 妙に落ち着かない気持ちで待つ。 幻覚を見始めてから、気持ちを動かされるのは砂糖菓子だけだった。 「すまん、待たせた」 綿あめのような、それでいてオレガノのような声が脳に通る。 振り返ると、砂糖菓子。 いつものダリアのようなリボンを揺らした、可憐な唯一の少女。 何の用だ、と聞こうとする前に、がしりと腕を掴まれる。 思っていたより、強い力。 砂糖菓子は整えられたような唇を開く。 「先生は、私の事、好きだよな?」 恋愛的な意味でだろうか。それなら答は否。これは恋心ではない。執着だ。 そう言うと、砂糖菓子の顔が喉に近づく。 「非道いひとだな、先生は」 「恋愛的な意味でなくてもだ。私を、私という存在を愛しているか?」 それならば。 頷く。 それを見ると、砂糖菓子はにやりと、いつか見た柚子胡椒のような笑顔を見せる。 「それはよかった。」
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