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「黒木くん、あれは……?」
震える声で僕が尋ねても、黒木くんは黙って首を横に振るだけだった。怯える黒木くんを置いて、僕は恐る恐る人影に向かって歩いていった。
そばに近づいていくにつれ、ぼんやりとしか見えていなかった人影が、その形をはっきりと現し始めた。それが何か分かった瞬間、全身が粟立った。
「人が……死んでる」
若い男が、仰向けに倒れていた。胸には折りたたみ式のナイフが、深々と刺さっている。……そこから流れた血が、倒れた男の周りに広がっていた。
僕はしゃがみこんで、男の顔を覗き込んだ。決して明るいとは言えない工場の中では、はっきりと顔を見ることはできなかった。それでも、この男の顔に見覚えがないことと……澱んだ目に生気が全くないことだけは、どうにか見て取れた。
「う、っ……」
作り物のような男の目と視線が合った瞬間、言いようのない気持ち悪さが僕を襲った。胃の中のものがこみ上げてきそうになるのを、手で口を塞いで必死に堪える。
僕の様子を心配したのか、黒木くんが這いずるようにして近づこうとした。
「光……」
「来ちゃだめだ……もう、死んでる」
僕の言葉に、黒木くんは目を見開いた。そして、そのまま崩れ落ちるようにその場から動けなくなってしまった。呻きにも似た黒木くんの苦しげな声に、僕は慌てて彼のもとへと駆け寄る。
半ばパニック状態の黒木くんを無理やり抱き起こすと、彼は僕にすがりつくようにして震えながら泣き出した。
「俺……俺が……っ……どうしよう、何てことを俺は……」
「落ち着いて、何があったか僕に教えて」
まるで子供を宥めるように、僕は何度も黒木くんの背中を撫でた……黒木くんは、僕のパーカーをぎゅっと握りしめたまま、じっと動かない。いつもの強気な黒木くんからは想像もできない姿だった。
……でも、仕方ない。だって、人間の死体を間近で見ているんだから。落ち着いていられる方がどうかしている。
しばらくして、ようやく少し落ち着きを取り戻した黒木くんの口から、ここで何があったかが語られ始めた。
「……予備校の帰りに、いつものようにここの前を通ったんだ。そしたら、突然腕を掴まれて、中に引きずり込まれて……ナイフを突きつけられた」
「……それで?」
「揉み合っているうちに、相手が倒れて……気づいたら、ナイフが刺さっていて……動かなくなった」
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