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パンケーキ
その男はパンケーキが好きだった。
夕日が落ちるよりも早くにパンケーキを焼いて、
バターと蜂蜜、そしてメープルシロップをドバドバとかけて口に頬張るのだ。
今日も今日とて早くからパンケーキを焼いて、机に座りパンケーキを食べる。
「ん?」
窓際に座っていた男は何となく、隣のビルのベランダを見た。
そこには幸薄そうな女性が立っているのが見えた。
その女性もこちらに気づいたのかじっとこちらを見つめている。
女性は男ににっこりと笑いかけると、ベランダの柵を乗り越えてそのまま地面へと飛び降りた。
「な!?」
男が止めることもままならない状況で、女性はそのままコンクリートの地面へと激突した。
女性の体はまるで踏み潰したトマトのように赤い血を撒き散らし、その場からピクリとも動かない。
男は慌てて、救急車を呼んだが…、その女性は助からなかった。
その翌日、記者が自殺現場に押しかけているのを男は目にした。
赤い血のシミをパシャッパシャッとフラッシュを焚き、テレビの映像へと変換していく。
『昨日、女性がこのビルから飛び降り自殺を図りました』
テレビのリポーターが無機質な情報を伝える。
テレビニュース曰く、親の残した借金が払いきれずに生活に行き詰まり自殺したとのことだった。
若い身空で死ぬという選択肢を選ぶしかなかった状況に男は複雑な気持ちになった。
しかし、自分には所詮どうすることもできなかったのだ。
仮に、自分があそこで声をかけようが女性は飛び降りただろうし、
ビルの真下で彼女を受け止めるにしても女性の体重を支えきれるはずもなく
二人とも死んでいただろう。
もっと早く出会えていればひょっとすると何かを変えてあげることができたかもしれないが、
そんなもしもの話は存在しないのだから考えても意味のないことだった。
暗い気持ちになってテレビを消すと、男はまたパンケーキを作り出した。
パンケーキはいつも通り甘い匂いを芳醇に漂わせている。
匂いを嗅いでいるだけで口から唾液が出てくるのがわかる。
同時に女性の姿がフラッシュバックを起こすが、どうすることもなかったんだと男は無理やり考えを切り替える。
そして、ナイフとフォークを手にとって、パンケーキを口いっぱいに頬張った。
そのパンケーキはいつも通り美味しかった。
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