4.落陽の森

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4.落陽の森

耳に聞こえるのは、自分の苦しい呼吸音と、足が踏み抜く落ち葉の音だけ。 北部領地の夜は冷え込み、森の中も凍てついた空気が漂っている。 ―――首の後ろが熱い。 体が泥の中にいるように重く、走っても走っても前に進まない。 でも、逃げなくては捕まってしまう。 あの男に。私を狙う、あの男に。 よろけながら、細い体が夜の森を走り抜ける。腰までの黒い髪が風に揺れる。 薄衣の衣服は所々破れ、裸足の足からは血がにじんでいた。 ―――王都を出てから半月。こんな時に、発情期が来てしまった。 今また捕まったら、きっとうなじを噛まれてしまう。 あんな男の番になるくらいなら死んだ方がましだ。 あんな男の子を宿す位なら・・・。 人目を避けるようにデスティーノ領地内の隠れ家を移動してきた。 ナイジェルを油断させ、拘束を解いて逃げ出すことにやっと成功した。このまま、逃げ切ることが出来れば、都へ戻れるかもしれない。 戻ればまた拘束され、凌辱される日々が待っている。 ―――ザック、助けて。 今こそ、私の所に来て、名を呼んで欲しい。 私を、あなたのものにして欲しい。 アイザック、会いたい。 か細く荒い呼吸が夜の森に響く。 駆けた事など無い体は、意に反して重さを増した。 やがて視界は霞み、歩みが遅くなる。膝を着いて柔らかな森の土に倒れ込んだ。 濃密な、土と森の木々の匂いに混ざって、微かに煙の臭いが流れてきている。 この森のすぐ向こうに村があったはずだ。 助けてと言っていいだろうか。もしも、アルファがいたら?ナイジェルが待ち構えていたら? ――ああ、体が熱い・・・。 「ザック・・・」 土の冷たさがひんやりと気持ちよく、ウリエルは地面を抱くようにしてゆっくりと目を閉じた。 森はまた静寂を取り戻す。どこからか聞こえる獣の声。 やがて、草を踏み分ける足音が響く。 「この匂い・・・まさか、こんなところに・・・?」 背の高い雑草がガサガサと割れ、腰に剣を下げた金髪の男がウリエルの前に現れた。
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