3236人が本棚に入れています
本棚に追加
/1622ページ
4.落陽の森
耳に聞こえるのは、自分の苦しい呼吸音と、足が踏み抜く落ち葉の音だけ。
北部領地の夜は冷え込み、森の中も凍てついた空気が漂っている。
―――首の後ろが熱い。
体が泥の中にいるように重く、走っても走っても前に進まない。
でも、逃げなくては捕まってしまう。
あの男に。私を狙う、あの男に。
よろけながら、細い体が夜の森を走り抜ける。腰までの黒い髪が風に揺れる。
薄衣の衣服は所々破れ、裸足の足からは血がにじんでいた。
―――王都を出てから半月。こんな時に、発情期が来てしまった。
今また捕まったら、きっとうなじを噛まれてしまう。
あんな男の番になるくらいなら死んだ方がましだ。
あんな男の子を宿す位なら・・・。
人目を避けるようにデスティーノ領地内の隠れ家を移動してきた。
ナイジェルを油断させ、拘束を解いて逃げ出すことにやっと成功した。このまま、逃げ切ることが出来れば、都へ戻れるかもしれない。
戻ればまた拘束され、凌辱される日々が待っている。
―――ザック、助けて。
今こそ、私の所に来て、名を呼んで欲しい。
私を、あなたのものにして欲しい。
アイザック、会いたい。
か細く荒い呼吸が夜の森に響く。
駆けた事など無い体は、意に反して重さを増した。
やがて視界は霞み、歩みが遅くなる。膝を着いて柔らかな森の土に倒れ込んだ。
濃密な、土と森の木々の匂いに混ざって、微かに煙の臭いが流れてきている。
この森のすぐ向こうに村があったはずだ。
助けてと言っていいだろうか。もしも、アルファがいたら?ナイジェルが待ち構えていたら?
――ああ、体が熱い・・・。
「ザック・・・」
土の冷たさがひんやりと気持ちよく、ウリエルは地面を抱くようにしてゆっくりと目を閉じた。
森はまた静寂を取り戻す。どこからか聞こえる獣の声。
やがて、草を踏み分ける足音が響く。
「この匂い・・・まさか、こんなところに・・・?」
背の高い雑草がガサガサと割れ、腰に剣を下げた金髪の男がウリエルの前に現れた。
最初のコメントを投稿しよう!