5.WINGS

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5.WINGS

「・・・駄目か。」 手の中の筆記具を眺めて、ため息をつく。 指になじんだそれが突然壊れたのは今朝の事。長年愛用していたそれを直そうと苦戦したが、逆に手の付けられない状態になってしまった。 銀色の髪をクシャクシャとかき混ぜて、大きなため息をつく。 屋敷の2階にある、ノアに与えられた執務室。椅子に座って、目の前に溜まった書類を処理出来ずにイライラが募った。 気に入った小物を使い続ける癖がある。他にも代用出来るものはたくさんあるのだが、どうしてもそれでないと、仕事をする気にはならない。ネヴィルほどではないが、ものにこだわるところがあり、ちょっとした執着癖があるのは自覚していた。 「自分で直そうとしなければ良かったのだな・・。」 疲れ切って机に突っ伏す。 それでなくても、ネヴィルとのいざこざがあったあの日から、何となく体がだるくて調子が悪い。熱っぽいとまではいかないが、たちの悪い風邪を引いてしまったかのようだ。 あれからネヴィルには会えたが、どう聞いてもはぐらかすばかり。結局真相は何も聞けていない。分かったのは、どうやらシエルが帰ってくることはなさそうだという事。そして、デスティーノが侯爵家として爵位を取り戻し、ネヴィルは当主として王に認められたという事。 ネヴィルは連日王宮へ呼ばれ、シエルの事を考える暇を与えないかのように、王直々に大量の仕事を与えられている。嫌そうな顔をしているが、ネヴィルは都で駆けあがっていく事にやりがいを感じるはずだ。 ――シエルの事は、私には正直どうでもいい。この家が、ネヴィルがこうして認められてさえいけば。父親に無視されて育ってきたあの人は、自分では認めないけれど、評価されることに飢えている。与えられた仕事に価値を見出していけば、オメガばかりに目が行く事も無くなるだろう。 椅子から立ち上がり、上着を羽織る。 中途半端に壊れた筆記具の部品を箱に入れ手に持つと、部屋から出た。 「これを直せる店に行きたいのだが。馬車を出してくれ。」 使用人に声を掛け、店の場所を聞くと、玄関に横付けされた馬車へ乗り込んだ。
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