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一 隆との出会い
イライラが頂点に達しようとしていた。
仕事は順調に進み、無事に契約は成立している。それに関しては何の問題もないのだが、一緒に出かけた課長の桜庭が、帰りの新幹線でこんなことを言った。
『しかし、あれだね。長野の製造工場のオフィスは若い女の子ばかりで驚いたよ。なんで、そんなに若いのかって尋ねたらこう言っていたよ。みんな、オバンサンになる前に結婚するらしいよ。三十過ぎで独身だと田舎では肩身が狭いそうだよ。むろん、男もいつまでも独身だと、皆が心配するんだけどね』
右隣に座っている上司の桜庭は五十一歳。
『子供を産める年齢には限界というのがあるからね。育てるにしても、やはり歳をとりすぎると辛いものだよ。わたしがそうだ。娘が成人する頃には還暦だよ』
生真面目で親切。社内での評判もそう悪い訳でもない。ごく普通の凡庸な桜庭が喋り続けている。新幹線のグリーン車は静かだった。
『へーえ、そうなんですか』
愛想笑いをしつつ頷いたフリをしながらも、マヤは声には出来ない苛立ちを感じていた。
『椿薔薇コーポレーション』
就職活動に励み、何社も訪問して挫折を味を味わった末に、ようやく入れた理想的な化粧品会社である。
(そんなに早く嫁いでもらいたいのかしら? うちの父親でさえ何も言わないのに!)
上司に悪気は無いと分かっている。だが、マヤは相手の言葉を悪く解釈してしまいそうになっている。イライラの原因も分かっている。
(もうすぐ生理だわ。ああ、苛々が止まらないよ)
自分の身体のサイクルに関してはちゃんと分かっている。だからこそ、必死になって心の中で呟く。
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