ニ マヤのトラウマ

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 マヤは、異性から優しくされた記憶がほとんどない。社内の男達がこんなふうに囁いていたことを知っている。 『今年は、やけにデカい女が入社して来たな。麻生っておまえよりもデカイぞ。こえーな。あいつ、怒らせると怖いタイプだぞ』 『そうそう。何か、腹黒そうなんだよな。絶対、あいつ、男を見下してるわ。あれは、きっと、金がかかるぞ。男に貢がせるタイプだぜ』  男達はそう言っていたが、本当に腹黒いのは同期で一番人気の中田南である。南は、若くしてハゲている同期の若手社員をハゲと呼ぶような失礼な女だ。  それなのに、馬鹿な男達はアイドル顔のブリッ子の南をチヤホヤして喜んでいた。そのうち南の本性を知ってショックを受けるだろうと思っていたけれども、南は二年前に寿退している。相手は青年実業家だという。  それにしても、最近、結婚式が続いている。  雅子の『三十五歳まで』というフレーズが我が社の女性社員に浸透しているせいなのかもしれない。こないだ、四歳年上の日影涙奈さんがこんなことを言っていた。 『橘さんのおかげよ。ようやく結婚に踏み出せたわ。あたしも来年で三十三歳だよ。男の精子にも消費機嫌はある。四十路のあなたの精子もどんどんジジィになるんだよって、彼しに言ってやったわよ。不妊治療の苦労話とか、治療の金額の事を考えると早い方がいいって踏ん切りがついた。時は金なりって言うもんね』  うちの会社は出産後も復帰しやすい環境が整えられている。こんなにも理想的な環境なのにマヤには相手がいない。早く、なんとかしないと、タイムリミットが迫っている。  胸の奥から警告音が聴こえてくる。  子育てと更年期と介護が重なるのは嫌だ。すべてを背負うのは無理だ。
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