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送ってもらうようになって数か月が経ったとき、わたしは美濃くんを解放してあげようと思った。水商売のバイトをしていた頃の客がわたしの帰りを待ち伏せし、後をつける姿を見なくなってから、もうずいぶん経つ。美濃くんは優しいから、わたしから言ってあげないと永遠にわたしを送り続けるだろうと思った。それが原因で美濃くんの恋を邪魔するようなことがあってはいけない。
「もういいよ」
「え」
「もう、今日で最後でいいよ。一人で帰れるし。なんか、悪いし。いつまでも送ってもらうの」
「あ……おれ、いないほうがいい?」
「ううん、そうじゃなくて、美濃くん彼女とか好きな人とかいないの?」
美濃くんは黙って、口をとがらせる。
「沖さんこそ」
「わたしは美濃くんがいたほうがいいよ。いいけどさ」
「んー、じゃあこれからも送ります。おれ、沖さんになんかあったら困るし」
あまりにもまっすぐな目で言うのでドキッとした。
バイト仲間として以上の気持ちが含まれていればいいのに、と思った。
「甘えていいの?」
「頼りないかもしんないけど」
「美濃くん、やさしいね」
美濃くん、と呼ぶと自分まで高校生に戻ったような気持ちになる。
まだ酒も男も知らなかった頃。
親に見放されてまで叶えたい夢もなかった頃。
「おやすみ」
笑わずにわたしが言うと、なにか言いたげな表情で数秒黙った後、「おやすみなさい」と美濃くんは笑った。
美濃くんが、美濃くんの意思で送ってくれている、そう思うと一緒に帰ることが楽しみになった。
本当はもっと遅くまでシフトを入れて稼ぎたかったけれど、美濃くんが上がる時間に合わせてわたしも上がるようにした。
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