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序章 １９８５年
もう間もなく暑い夏がやってくるという頃、
男はずいぶん久しぶりに生まれ故郷を訪れていた。
家出同然で東京へ出ていた彼は、２０年振りに目にする母親の姿以上に、
目の前に広がる故郷の景観に目を奪われた。
山陰出雲の山々が見渡せる山間に、広大な土地が切り開かれている。
その周りに、工事現場などで見かける仮囲いの塀が張り巡らされ、
その中で幾つもの建築物が次々に完成しようとしていた。
男のいる建物は、そんな土地のほぼ中央に建ち、
中でも一際大きく周りを見下ろすようにそびえ立っている。
一見、古からある城のようだが、
一旦中に入ってしまえば、室内の豪華絢爛さに目が眩むようだった。
そこは、ここ何十年成長を続ける新興宗教法人、
〝勾玉教〟所有の土地で、代表である二階堂豊子こそが男の母親。
そして今や、政財界で彼女の名前を知らぬものがないくらいに、
その勢力は強大なものになっていた。
「ずいぶんとデカくなったもんだ。こんなに大きくするには、たんまり金が
掛かったろう？ 相変わらず、あんたは人の頭ん中に入り込んで、好き勝手
言っては金を巻き上げてるのか……」
男は眼下に広がる景色に目を向けて、
ソファに座る豊子に背を向けたままそう言った。
男の名前は二階堂京といい、長身で、
白髪交りの長髪を後ろで束ねているその感じは、
不思議なほど和装の佇まいに馴染んでいる。
顔は彫りが深く、背が低くまるまる太った豊子とは、
一見まるで似ていないようにも見えるのだ。
しかし顔のパーツをよく見れば、
やはり親子……血の繋がりを確と見出すことができる。
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