序章 1985年

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「しかしどうして、着いたばかりでこんなもの着込まなきゃいけないんだ?  俺は今回、ただ儀式を見物していればいいんだろう? だったらこんな和装  姿にならなくたって、どうせ相手は、俺のことなんざ見てやしないんだか  ら……」 「馬鹿なことをお言いでないよ! 今日の客は普通じゃないんだ。こいつを引  き入れちまえば、後はどんな政治家が出てきたって怖かないっていう大物  だ。だからこっちも、いつもより大仰に振る舞うくらいで丁度いいんだよ。  おまえは、わたしと一緒にやつを出迎えるんだから、さっきの汚らしい格好  でいられちゃ困るんだ。とにかく、何が何でも入信させるんだよ、その為に  はね、多少手荒なことになったって仕方ないさ……」    そして豊子は更に、儀式の後に開かれる歓迎パーティに、  その政治家の孫娘も現れると言って嬉しそうに笑った。  彼女の言う手荒なこと……それがどんなことなのか、  京は嫌というほど理解していた。  それは単に歳を取ったからというわけじゃない。  東京で暮らした20年余りの生活が、  まさに似たような行いによって成り立っていたからだった。  それから一時間程して、彼女の言う大物とやらは、  黒塗りのハイヤーに揺られてたった一人で現れる。  彼はかなりの老齢で、京と並び出迎える豊子と同じくらいの背丈しかない。  一方豊子は、一見すると十二単のような和装束に着替えていて、  そうなると先程とはまるで別人、  重々しい威厳に満ち溢れて見えるのだった。  百畳は優にありそうな板の間に通され、  男はそこで暫し待つように言われる。  その場に誰もいなくなると、  彼はフッと溜め息をついて、正座を崩し胡座をかいた。
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