序章 1985年

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 ――なんとも胡散臭い……    ここまできて、デタラメだったら、ただじゃおかんぞ!   ふと、そんなことを思った瞬間だ。  いきなりの暗転。  ――え!  驚いて立ち上がろうとした途端、突然和太鼓の音が鳴り響いた。  立ち上がって辺りに目をやると、いつの間に現れたのか、  火の付いた松明が部屋の端々に置かれている。  その炎が揺らめく度に、幾重にも重なる光が、  頭上遠くにある天井を不気味に揺らし、照らし出した。  そして、いったいどこから聞こえてくるのか?   かなりの数であろう和太鼓の一糸乱れぬ打音に、  まるでその部屋全体が揺れているようにさえ感じるのだ。  いったい何が起きるのか?   そんな男の思念が届いたかのように、  突然フッと音が止み、不意にしわがれた声が耳元で響く。 「お待たせ、致しました……」  思わず振り返る男の眼前に、炎に照らされた豊子の顔が浮かび上がった。 「さあ、今一度……お座りください……」  豊子の手が両肩に置かれて、男はほんの少しだけその力を身体に感じた。  そして次の瞬間、さっきまで感じていた疑念が一気に消え去り、  ――こいつ、ホンモノ……。   そんな微かな思念だけを残して、  彼の思考のすべては豊子のものへと成り果てた。
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